人物志 / 釋爭
是故,陳餘以張耳之變,卒受離身之害;彭寵以朱浮之隙,終有覆亡之禍。禍福之機,可不慎哉!是故,君子之求勝也,以推讓為利銳,以自修為棚櫓;靜則閉嘿泯之玄門,動則由恭順之通路。是以戰勝而爭不形,敵服而怨不搆。若然者,悔吝不存于聲色,夫何顯爭之有哉?彼顯爭者,必自以為賢人,而人以為險詖者。實無險德,則無可毀之義。若信有險德,又何可與訟乎?險而與之訟,是柙兕而攖虎,其可乎?怒而害人,亦必矣!《易》曰:「險而違者,訟。訟必有眾起。」《老子》曰:「夫惟不爭,故天下莫能與之爭。」是故,君子以爭途之不可由也。是以越俗乘高,獨行於三等之上。何謂三等?大無功而自矜,一等;有功而伐之,二等;功大而不伐,三等。愚而好勝,一等;賢而尚人,二等;賢而能讓,三等。
新字:是故,陳余以張耳之変,卒受離身之害;彭寵以朱浮之隙,終有覆亡之禍。禍福之機,可不慎哉!是故,君子之求勝也,以推譲為利鋭,以自修為棚櫓;静則閉嘿泯之玄門,動則由恭順之通路。是以戦勝而争不形,敵服而怨不搆。若然者,悔吝不存于声色,夫何顕争之有哉?彼顕争者,必自以為賢人,而人以為険詖者。実無険徳,則無可毀之義。若信有険徳,又何可与訟乎?険而与之訟,是柙兕而攖虎,其可乎?怒而害人,亦必矣!《易》曰:「険而違者,訟。訟必有衆起。」《老子》曰:「夫惟不争,故天下莫能与之争。」是故,君子以争途之不可由也。是以越俗乗高,独行於三等之上。何謂三等?大無功而自矜,一等;有功而伐之,二等;功大而不伐,三等。愚而好勝,一等;賢而尚人,二等;賢而能譲,三等。
書き下し
是の故に、陳余は張耳の変を以て、卒に離身の害を受け、彭寵は朱浮の隙を以て、終に覆亡の禍有り。禍福の機、慎まざるべけんや。是の故に、君子の勝ちを求むるや、推譲を以て利鋭と為し、自修を以て棚櫓と為す。静かなれば則ち嘿泯の玄門を閉ぢ、動けば則ち恭順の通路に由る。是を以て戦ひ勝ちて争ひ形れず、敵服して怨み搆へず。然るが若き者は、悔吝声色に存せず、夫れ何の顕争か之れ有らんや。彼の顕争する者は、必ず自ら以て賢人と為せども、人は以て険詖なる者と為す。実に険徳無ければ、則ち毀るべきの義無し。若し信に険徳有らば、又何ぞ与に訟ふべけんや。険にして之と訟ふるは、是れ兕を柙にして虎に攖るなり、其れ可ならんや。怒りて人を害するも、亦た必せり。『易』に曰く、「険にして違ふ者は、訟ふ。訟へば必ず衆起こる有り」と。『老子』に曰く、「夫れ惟だ争はず、故に天下能く之と争ふ莫し」と。是の故に、君子は争途の由るべからざるを以てするなり。是を以て俗を越え高きに乗り、独り三等の上を行く。何をか三等と謂ふ。大いに功無くして自ら矜るは、一等なり。功有りて之を伐るは、二等なり。功大にして伐らざるは、三等なり。愚にして勝を好むは、一等なり。賢にして人に尚るは、二等なり。賢にして能く譲るは、三等なり。
現代語訳
それゆえ、陳余(秦末漢初の武将)は親友の張耳との仲違いのために、ついには首と胴が離れる害を受け、彭寵(後漢初めの漁陽太守)は朱浮(幽州牧)との不和のために、ついには一族滅亡の禍に遭った。禍と福の分かれ目は、慎まないでいられようか。それゆえ、君子が勝ちを求めるときには、推し譲ることを鋭い武器とし、自分を修めることを防御の盾や物見やぐらとする。静かにしているときは沈黙して奥深い門を閉ざし、動くときは恭しく従順な道を通る。だから戦って勝っても争いが表に現れず、敵が服従しても怨みが生じない。このような者は、悔いや恥が声や顔色に表れることもなく、どうしてあからさまな争いなどあろうか。あのあからさまに争う者は、必ず自分では賢人だと思っているが、人からは陰険でよこしまな者と見られている。本当に陰険な徳がないのなら、毀られるいわれはない。もし本当に陰険な徳があるのなら、どうしてそんな者と争うことができようか。陰険な者と争うのは、檻に入った野牛(兕)に手を出し、虎に触れるようなもので、どうしてよかろうか。怒って人を害することも必ず起こる。『易経』には「険しくて背き合う者は訴え合う。訴えれば必ず大勢が立ち上がる」とある。『老子』には「ただ争わない。だから天下にその人と争える者はいない」とある。それゆえ、君子は争いの道を通ってはならないと考える。だから俗を越えて高みに乗り、ただ一人三等の上を行く。三等とは何か。大した功もないのに自ら誇るのが一等、功があってそれを誇るのが二等、功が大きいのに誇らないのが三等である。愚かなのに勝つことを好むのが一等、賢いのに人の上に立とうとするのが二等、賢くてよく譲るのが三等である。
解説
関連する章句
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人物志・釋爭是の故に、轡を並べて先を争ひて相奪ふこと能はず、両つながら頓き倶に折れて後なる者の趨く所と為る。是に由りて之を論ずれば、争譲の途、其の別明らかなり。然るに勝を好むの人は、猶ほ然らずと謂ひ、前に在るを以て速鋭と為し、後に処るを以て留滞と為し、衆に下るを以て卑屈と為し、等を躡むを以て異傑と為し、敵に譲るを以て迴辱と為し、上を陵ぐを以て高厲と為す。是の故に、抗奮して遂に往き、自ら反ること能はざるなり。夫れ抗を以て賢に遇へば必ず遜下せられ、抗を以て暴に遇へば必ず敵難を搆ふ。敵難既に搆ふれば、則ち是非の理必ず溷りて明らかにし難し。溷りて明らかにし難ければ則ち其の自ら毀るとは何を以て異ならんや。且つ人の己を毀るは、皆怨憾に発して、変は舋に生ずるなり。必ず事に依託して端末を飾り成す。其の聴く者に於けるや、尽くは信ぜずと雖も、猶ほ半ばは以て然りと為すなり。己の校報も、亦た又之の如し。終に其の帰する所は、亦た各々半信の遠近に著はるる有るなり。然らば則ち、
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人物志・釋爭是を以て君子は挙ぐるに敢へて儀準を越えず、志すに敢へて軌等を凌がず。内は己を勤めて以て自ら済し、外は謙譲して以て敬懼す。是を以て怨難身に在らずして、栄福長久に通ずるなり。彼の小人は則ち然らず、功を矜り能を伐り、好んで以て人を陵ぐ。是を以て
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人物志・釋爭雋を争ひて未だ別れざれば、則ち力を用ふる者憊ると為る。是の故に、藺相如は車を迴らすを以て勝ちを廉頗に決し、寇恂は闘はざるを以て賢を賈復に取る。物勢の反は、乃ち君子の所謂道なり。是の故に、
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