人物志 / 釋爭
緩己急人,一等;急己急人,二等;急己寬人,三等。
新字:緩己急人,一等;急己急人,二等;急己寛人,三等。
書き下し
己に緩くして人に急なるは一等、己に急にして人にも急なるは二等、己に急にして人に寛なるは三等。
現代語訳
自分には甘く他人には厳しいのが第一等(最も低い段階)、自分にも他人にも厳しいのが第二等、自分には厳しく他人には寛容なのが第三等(最も高い段階)である。
解説
劉劭は人の器を、自分と他人への厳しさ・寛容さの組み合わせで三段階に分けて示す。自分に甘く他人にだけ厳しいのが最も低い段階で、自分にも他人にも厳しいのがその一つ上、自分には厳しく他人には寛容であるのが最も高い段階とされる。仕事でも子育てでも、自分の落ち度は棚に上げて相手だけを責めてしまう場面は誰にでもある。今の自分がどの段階にいるかを振り返ってみると、自分への甘さと他人への厳しさの釣り合いが見えてくる。
この章句が説くこと
自分と他人への態度寛容さの序列自省
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