人物志 / 八觀
夫察似明非,御情之反,有似理訟,其實難別也。
新字:夫察似明非,御情之反,有似理訟,其実難別也。
書き下し
夫れ似たるを察して非なるを明らかにし、情の反を御するは、訟を理むるに似たる有り、其の実は別ち難きなり。
現代語訳
そもそも、似ているものを察して本物でないことを明らかにし、本心とは反対に装われた情を見抜いて扱うことは、訴訟を裁くことに似たところがあり、その実情はなかなか見分けがたい。
解説
似て非なるもの、非に似て是なるものを並べた後、その見分けの難しさを訴訟の裁きにたとえた一節である。訴訟では双方がもっともらしい言い分を述べ、どちらが真実かは表からは分からない。人物の観察も同じで、表に出た言動が本心と反対に装われていることがあり、見かけの似姿から実を取り出すのは容易でない。この後、劉劭は「天下の至精に非ずんば、其れ孰か能く其の実を得ん」と続け、よほどの洞察力がなければできないと言う。人事の場面でも、評価面談や紛争の仲裁で、相手の言い分をそのまま受け取ってはならないことは多い。見分けが難しいことを自覚したうえで、時間をかけて確かめる謙虚さこそが、判断の誤りを減らす出発点になる。
関連する章句
-
人物志・八觀此れ是に似て非なる者なり。亦た非に似て是なる者有り。大権は姦に似て功有り、
-
人物志・八觀多易は能に似て効無く、進鋭は精に似て去ること速やかに、訶者は察に似て事煩はしく、訐施は恵に似て成る無し、
-
人物志・八觀天下の至精に非ずんば、其れ孰か能く其の実を得んや。
-
人物志・八觀偏と依とは、志同じくして質違う、所謂似て是にして非なる者なり。
-
人物志・效難何をか知り難きの難と謂ふ。人物は精微にして、能く神にして明らかなり、其の道甚だ難し。固より知り難きの難なり。是を以て衆人の察は、尽く備ふること能はず。故に各自度を立てて、以て相観采す。或いは其の形容を相し、或いは其の動作を候ひ、或いは其の終始を揆り、或いは其の儗象を揆り、或いは其の細微を推し、或いは其の過誤を恐れ、或いは其の言ふ所に循ひ、或いは其の行事を稽ふ。
-
人物志・效難八者は遊雜す、故に其の得る者は少なく、失う所は多し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る