鬼谷子 / 揣篇
揣情者、必以其甚喜之時、往而極其欲也、其有欲也、不能隱其情、必以其甚懼之時、往而極其惡也、其有惡也、不能隱其情、情欲必出其變。
新字:揣情者、必以其甚喜之時、往而極其欲也、其有欲也、不能隠其情、必以其甚懼之時、往而極其悪也、其有悪也、不能隠其情、情欲必出其変。
書き下し
情を揣る者は、必ず其の甚だ喜ぶの時を以て、往きて其の欲を極む。其の欲有るや、其の情を隱す能わず。必ず其の甚だ懼るるの時を以て、往きて其の惡む所を極む。其の惡む有るや、其の情を隱す能わず。情欲は必ず其の變に出づ。
現代語訳
実情を推し量る者は、必ず相手がひどく喜んでいるときに出向いて、その欲するところを極める。欲があるとき、人はその実情を隠すことができない。必ず相手がひどく恐れているときに出向いて、その嫌がるところを極める。嫌うものがあるとき、人はその実情を隠すことができない。情と欲は必ずその変化のところに現れる。
解説
人の本音が出るのは、平静なときではなく、ひどく喜んでいるときとひどく恐れているときだ、という観察です。感情が振れた瞬間には隠しきれない。だからその瞬間を狙って出向く。冷徹ですが、正確でもあります。実務では、好調な時期の相手と、追い込まれた時期の相手では、まったく違うことを言います。どちらか一方しか見ていなければ、その人を知ったことにはなりません。逆に、こちらが喜びや恐れの只中にいるときに重要な話をされたら、身構える必要があります。
この章句が説くこと
甚だ喜ぶの時を以て其の欲を極む情欲は必ず其の変に出づ観察洞察心理戦見極め
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