鬼谷子 / 反応篇
古之大化者、乃與無形俱生。反以觀往、覆以驗來。反以知古、覆以知今。反以知彼、覆以知此。動靜虛實之理、不合於今、反古而求之。事有反而得覆者、聖人之意也、不可不察。
新字:古之大化者、乃与無形倶生。反以観往、覆以験来。反以知古、覆以知今。反以知彼、覆以知此。動静虚実之理、不合於今、反古而求之。事有反而得覆者、聖人之意也、不可不察。
書き下し
古の大化する者は、乃ち無形と俱に生ず。反りて以て往を觀、覆して以て來を驗す。反りて以て古を知り、覆して以て今を知る。反りて以て彼を知り、覆して以て此を知る。動靜虛實の理、今に合わざれば、古に反りて之を求む。事に反りて覆を得る者有るは、聖人の意なり、察せざるべからず。
現代語訳
昔の大いなる感化をなした者は、形なきものとともに生まれた。振り返って過ぎたことを観、返して来るべきことを験す。振り返って古を知り、返していまを知る。振り返って相手を知り、返して自分を知る。動きと静けさ、実と虚の道理が、いまに当てはまらなければ、古に立ち返ってそれを求める。事において、逆にすることで返ってくるものを得る場合があるのは、聖人の考えである。よく見なければならない。
解説
反応篇の題は「反って応ずる」という意味です。冒頭から、往と来、古と今、彼と此という三つの対が並びます。共通するのは、片方を知るためにもう片方へ振り返る、という往復運動です。相手を知るために自分へ返り、いまを知るために古へ返る。直接見に行かないところが要点です。実務でも、顧客を理解しようとして顧客だけを見ていると分かりません。自分がどう見えているかへ一度返ることで、はじめて相手が見える。この往復が、この篇を通しての方法になります。
この章句が説くこと
反って往を観覆して来を験す反りて彼を知る観察洞察内省本質
関連する章句
-
『鬼谷子』揣篇情を揣る者は、必ず其の甚だ喜ぶの時を以て、往きて其の欲を極む。其の欲有るや、其の情を隱す能わず。必ず其の甚だ懼るるの時を以て、往きて其の惡む所を極む。其の惡む有るや、其の情を隱す能わず。情欲は必ず其の變に出づ。
-
葉隠・聞書第十一敵城(てきじょう)の強弱見様、煙霞(えんか)春山を見るが如く、雨後晴天を見るが如しといえり。澄みわたるは弱なり。
-
『鬼谷子』捭闔篇粵に若ち古を稽うるに、聖人の天地の間に在るや、衆生の先と爲る。隂陽の開闔を觀て以て物に名を命け、存亡の門戶を知り、萬類の終始を籌策し、人心の理に逹し、變化の朕を見る。而して其の門戶を守司す。故に聖人の天下に在るや、古より今に及ぶまで、其の道は一なり。
-
『鬼谷子』揣篇故に先王の道、聖智の謀有りと雖も、情を揣り隱匿するに非ざれば、之を索むる所無し。此れ謀の大本なり、而して說の法なり。常に人に事有り、人能く先んずる莫し。事に先んじて生ずるは、此れ最も爲し難し。故に曰く、情を揣るは最も守り司り難し。言は必ず其の謀慮に時するなり。故に蜎の飛び蠕の動くを觀るに、利害有らざる無し。以て事の美を生ずべし。事を生ずる者は、幾の勢なり。此れ情を揣り言を飾り、文章を成して而して後に之を論ず。
-
『鬼谷子』揣篇感動して其の變を知らざる者は、乃ち且く其の人を錯きて、與に語る勿かれ。而して更めて親しむ所を問い、其の安んずる所を知る。夫れ情の内に變ずる者は、形外に見る。故に常に必ず其の見わるる者を以て其の隱るる者を知る。此れ深きを測り情を探ると謂う所以なり。
-
孫子・行軍篇令素より行われて以て其の民を教うれば、則ち民服す。令素より行われずして以て其の民を教うれば、則ち民服せず。令素より行わるる者は、衆と相得るなり。