人物志 / 英雄
然則英雄多少,能自勝之數也。徒英而不雄,則雄材不服也;徒雄而不英,則智者不歸往也。
新字:然則英雄多少,能自勝之数也。徒英而不雄,則雄材不服也;徒雄而不英,則智者不帰往也。
書き下し
然らば則ち英雄の多少は、能く自ら勝つの数なり。徒だ英にして雄ならざれば、則ち雄材服せず。徒だ雄にして英ならざれば、則ち智者帰往せず。
現代語訳
そうであるならば、英と雄をどれだけ兼ね備えているかは、自分自身を制することができるかどうかの度合いによる。ただ英であって雄でなければ、豪傑な人材は心服しない。ただ雄であって英でなければ、知恵者は慕い集まってこない。
解説
英と雄をどれだけ兼ね備えられるかは、結局のところ自分自身の偏りをどこまで制御できるかの度合いによるという。知恵ばかりで胆力を欠けば、豪胆な人材はついてこない。逆に胆力ばかりで知恵を欠けば、知恵ある人はそっと距離を置く。人が離れていく理由を相手のせいにする前に、自分の資質の偏りが招いた結果ではないかと、一度立ち止まって考えてみる余地がある。
この章句が説くこと
自制資質の偏り人望
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