人物志 / 流業
凡此十二材,皆人臣之任也。
書き下し
凡そ此の十二材は、皆人臣の任なり。
現代語訳
これら十二種の才能は、いずれも臣下としての務めにふさわしいものである。
解説
人物志は十二の才能類型を挙げるが、それらはすべて誰かに仕え支える立場のための資質だと結論づける。どれほど卓越した専門性や実務能力を持っていても、それは補佐する力であって、全体を統べる器とは次元が異なるという指摘である。優れた実務家が必ずしも優れた統率者になれるとは限らない現実は、現代の昇進や抜擢の場面でもよく見られる。役割の違いを見誤らないことが、本人にとっても組織にとっても大切な視点となる。
この章句が説くこと
補佐の才適材適所統率との違い
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