人物志 / 流業
凡此十二材,皆人臣之任也。
書き下し
凡そ此の十二材は、皆人臣の任なり。
現代語訳
これら十二種の才能は、いずれも臣下としての務めにふさわしいものである。
解説
人物志は十二の才能類型を挙げるが、それらはすべて誰かに仕え支える立場のための資質だと結論づける。どれほど卓越した専門性や実務能力を持っていても、それは補佐する力であって、全体を統べる器とは次元が異なるという指摘である。優れた実務家が必ずしも優れた統率者になれるとは限らない現実は、現代の昇進や抜擢の場面でもよく見られる。役割の違いを見誤らないことが、本人にとっても組織にとっても大切な視点となる。
この章句が説くこと
補佐の才適材適所統率との違い
関連する章句
-
『韓非子』説疑第四十四聖王明君は則ち然らず。内舉するに親を避けず、外舉するに讎を避けず。是焉に在れば従いて之を舉げ、非焉に在れば従いて之を罰す。
-
『韓非子』八姦第九賢を官にするには其の能を量り、禄を賦するには其の功に稱わす。
-
『韓非子』觀行第二十四故に明主は烏獲を窮むるに、其の自ら舉ぐる能わざるを以てせず。離朱を困むるに、其の自ら見る能わざるを以てせず。可勢に因りて、易道を求む。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三霸王たらんと將欲せば、夷吾此に在り。
-
『韓非子』揚權第八夫れ物は宜しき所有り、材は施す所有り、各々其の宜しきに處る、故に上乃ち為す無し。
-
十七条憲法 第七条人に各(おのおの)任(よさ)有り、掌(つかさど)ること宜しく濫(みだ)りならざるべし。...故に古(いにしえ)の聖王は、官の為に人を求め、人の為に官を求めず。