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人物志 / 流業

能屬文著述,是謂文章,司馬遷、班固是也。能傳聖人之業,而不能幹事施政,是謂儒學,毛公、貫公是也。辯不入道,而應對資給,是謂口辯,樂毅、曹丘生是也。膽力絕眾,才略過人,是謂驍雄,白起、韓信是也。

新字:能属文著述,是謂文章,司馬遷、班固是也。能伝聖人之業,而不能幹事施政,是謂儒学,毛公、貫公是也。弁不入道,而応対資給,是謂口弁,楽毅、曹丘生是也。胆力絶衆,才略過人,是謂驍雄,白起、韓信是也。

書き下し

能く文を属り著述する、是を文章と謂ふ、司馬遷・班固是れなり。能く聖人の業を伝ふるも、事を幹し政を施すこと能はざる、是を儒学と謂ふ、毛公・貫公是れなり。弁は道に入らざるも、応対資給なる、是を口弁と謂ふ、楽毅・曹丘生是れなり。胆力衆に絶し、才略人に過ぐる、是を驍雄と謂ふ、白起・韓信是れなり。

現代語訳

文章を綴って著述できるもの、これを文章といい、司馬遷(しばせん、『史記』の著者)や班固(はんこ、『漢書』の著者)がそれである。聖人の学問を伝えることはできるが、事務を処理し政治を行うことはできないもの、これを儒学といい、毛公(もうこう、『詩経』毛伝の学者)や貫公(かんこう、漢初の経学者)がそれである。弁舌は道の奥義に入らないが、受け答えが巧みで言葉が豊かなもの、これを口弁といい、楽毅(がくき、燕の将軍)や曹丘生(そうきゅうせい、漢初の弁士)がそれである。胆力が群を抜き、才略が人に勝るもの、これを驍雄(ぎょうゆう)といい、白起(はくき、秦の名将)や韓信(かんしん、漢の高祖の大将)がそれである。

解説

十二の流業の残り四つ、文章・儒学・口弁・驍雄を挙げる。直前で劉劭は、清節から智意までの八業は三材を本とするが、いずれも軽い事務の才にすぎないと述べ、ここから三材の外にある技能型の才に移る。文章は著述の才で司馬遷・班固、儒学は経典を伝えるが実務は苦手な学者で毛公・貫公、口弁は道には通じないが応対に長けた弁士、驍雄は胆力と才略に秀でた武将で白起・韓信が挙がる。どの才も、組織の一部分で欠かせない専門技能である。現代でいえば、文筆・研究・広報や営業・現場指揮にあたり、それぞれに向く場所へ置くことで初めて生きる才である。

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