論語 / 郷党篇
入太廟,每事問。
新字:入太廟,毎事問。
書き下し
太廟に入りて、事毎に問う。
現代語訳
大廟に入られると、一つ一つのことについて尋ねられた。
解説
八佾篇にも同じ記述があり、そこでは「あの男は礼を知っていると言われているが、いちいち尋ねている」と嘲られる場面が続く。孔子は礼の専門家として知られていた。それでも大廟では、一つ一つ確認した。知っているつもりで進めず、その場の作法をその場の人に尋ねたのである。専門家ほど、この確認が難しい。聞けば知らないと思われる、という意識が働く。だが実際には、同じ儀礼でも場所や代によって細部が違う。一般論として知っていることと、この場で正しいことは別である。実務でも同じで、経験の長い人ほど過去の型を当てはめて進めてしまう。毎事問とは、謙虚さの表明ではなく、知識と現場を混同しないための手順である。専門性が高い人ほど、確認の回数を意識して増やす必要がある。
この章句が説くこと
確認専門性毎事問謙虚現場
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