韓非子 / 說林上二十二
公所長者,使也。公雖爲僕,王猶使之於公也。公佩僕璽而爲行事,是兼官也。
新字:公所長者,使也。公雖為僕,王猶使之於公也。公佩僕璽而為行事,是兼官也。
書き下し
公、僕璽を佩びて行事を為す、是れ官を兼ぬるなり。
現代語訳
あなた(甘茂)が侍従の印を拝命しながら(本職の)外交官の仕事もする、これは(二つの)官職を兼任することになります。
解説
甘茂が「侍従(僕)」という低い役目についても、その専門の力量(外交の腕前)が確かであれば、結局は主から本来の重要な仕事も任されることになる、という場面です。肩書きが低くても、実力が伴っていれば、周りは自然とその人に頼ってきます。つまり、一つの肩書きの中に、実質的にはもう一つ別の役割まで背負う「兼任」の状態が生まれるということです。これは今の暮らしにも通じます。表向きの立場や役職名がどうであれ、その人が本当に頼れる腕を持っていれば、周りの人は肩書きを飛び越えて相談を持ちかけてきます。大切なのは肩書きそのものより、日頃から積み重ねた実力と信用なのです。
この章句が説くこと
専門性役職と役割影響力キャリア戦略実力主義
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