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自警録 / 第二十二章 感情より出た職業選択・一時の感情か否かを判断する道(1)

以上例示したるごとく生涯を一貫する職業選定の決心は、能力の多少、位地の上下を論ぜず、一時の些細なることのために定められる場合は決して少なくないから、前述の一時の感情に迷わさるるなというに対し、この感情は果たして一時的なりや否やという問題を、自ら提供しておのれに省み、しかも冷静に自己の真意を分析するを要する。 すなわち約言すれば熱情を冷静に考えよということになる。なにゆえにおのれはこのことにつき、かく熱するかを篤と攻究したいのである。凝っては思案に能わずと、古人も教えている。凝るとは熱するの謂である。ものを思い込むと他を顧みる余地も余裕もない、ゆえにとかく過ちを生じやすいのである。もっとも実際にことにあたるときは他を顧みず猛進せねばならぬが、ことにあたるか否かを考うるあいだは凝ることは禁物である。しかるに青年の一大特長はものに熱するにある。二十代前後は感情のもっとも旺盛なとき、三十代前後は手腕のもっとも発達するとき、四十前後は知識のもっとも発達するとき、しかして五十前後は思慮のもっとも深いときである。 青年は知識にも思慮にもまた手腕においても、まだまだ不足あるかわりに、ある命令のもとに仕事するときはもっとも熱してあたる。これが彼らの特長なると同時に、方向を誤ることもまたこれより起こる。彼らは思慮も熟せず判断力も固くないから、見るもの聞くものその他すべて五感に触るるものによりて心の底までも動揺されやすい。かく動揺されるときは、さなきだに思慮分別の熟せぬ青年はいよいよ心の衡平を失い、些事をも棒大に思い、あるいは反対に大事を針小に誤る傾向がある。これも無理ならぬことで、実際のことにあたり責任の地位を踏めることなき者は、なかなかに自己の言行のおよぼす範囲を適当に計量することはできぬ。青年にこの弱点あることは青年自身も承知している。承知しているゆえ、いわゆる先輩の意見を叩き、職業を選定せんとするのである。

書き下し

以上例示したるごとく生涯を一貫する職業選定の決心は、能力の多少、位地の上下を論ぜず、一時の些細なることのために定められる場合は決して少なくないから、前述の一時の感情に迷わさるるなというに対し、この感情は果たして一時的なりや否やという問題を、自ら提供しておのれに省み、しかも冷静に自己の真意を分析するを要する。 すなわち約言すれば熱情を冷静に考えよということになる。なにゆえにおのれはこのことにつき、かく熱するかを篤と攻究したいのである。凝っては思案に能わずと、古人も教えている。凝るとは熱するの謂である。ものを思い込むと他を顧みる余地も余裕もない、ゆえにとかく過ちを生じやすいのである。もっとも実際にことにあたるときは他を顧みず猛進せねばならぬが、ことにあたるか否かを考うるあいだは凝ることは禁物である。しかるに青年の一大特長はものに熱するにある。二十代前後は感情のもっとも旺盛なとき、三十代前後は手腕のもっとも発達するとき、四十前後は知識のもっとも発達するとき、しかして五十前後は思慮のもっとも深いときである。 青年は知識にも思慮にもまた手腕においても、まだまだ不足あるかわりに、ある命令のもとに仕事するときはもっとも熱してあたる。これが彼らの特長なると同時に、方向を誤ることもまたこれより起こる。彼らは思慮も熟せず判断力も固くないから、見るもの聞くものその他すべて五感に触るるものによりて心の底までも動揺されやすい。かく動揺されるときは、さなきだに思慮分別の熟せぬ青年はいよいよ心の衡平を失い、些事をも棒大に思い、あるいは反対に大事を針小に誤る傾向がある。これも無理ならぬことで、実際のことにあたり責任の地位を踏めることなき者は、なかなかに自己の言行のおよぼす範囲を適当に計量することはできぬ。青年にこの弱点あることは青年自身も承知している。承知しているゆえ、いわゆる先輩の意見を叩き、職業を選定せんとするのである。

現代語訳

以上に例示したように、生涯を貫く職業選択の決心は、能力の多少や地位の上下を問わず、一時の些細なことによって定められる場合が決して少なくありません。そこで、前に述べた「一時の感情に惑わされるな」という点について、この感情は果たして一時的なものか否か、という問題を自ら立て、自分を省み、しかも冷静に自己の真意を分析する必要があります。 つまり約言すれば、熱情を冷静に考えよ、ということになります。なぜ自分はこのことについて、これほど熱するのかを、よくよく究めたいのです。「凝っては思案に能わず」と古人も教えています。凝るとは熱するということです。物事を思い込むと、他を顧みる余地も余裕もないため、とかく過ちを生じやすいのです。もっとも、実際に事に当たるときは、他を顧みず猛進しなければなりませんが、事に当たるかどうかを考えているあいだは、凝ることは禁物です。しかし、青年の大きな特長は、物事に熱することにあります。二十代前後は感情がもっとも盛んな時期、三十代前後は手腕がもっとも発達する時期、四十前後は知識がもっとも発達する時期、そして五十前後は思慮がもっとも深い時期です。 青年は、知識にも思慮にも手腕にも、まだまだ不足がある代わりに、ある命令のもとで仕事をするときは、もっとも熱心に当たります。これが彼らの特長であると同時に、方向を誤ることもまたここから起こります。彼らは思慮も熟せず判断力も固まっていないので、見るもの聞くものその他、すべて五感に触れるものによって、心の底まで動揺されやすいのです。このように動揺するときは、そうでなくても思慮分別の熟していない青年は、いよいよ心の釣り合いを失い、些細なことを大げさに思い、あるいは反対に大事を小さく見誤る傾向があります。これも無理のないことで、実際のことに当たり責任ある地位を踏んだことのない者は、なかなか自分の言行の及ぼす範囲を適切に計ることができません。青年にこの弱点があることは、青年自身も承知しています。承知しているから、いわゆる先輩の意見を求め、職業を選ぼうとするのです。

解説

生涯の進路が些細なことで決まりうるなら、その熱が一時的か否かを自分で冷静に分析せよ、と新渡戸は言います。「凝っては思案に能わず」で、実行時は猛進しても、やるかどうか考える間は凝ってはなりません。二十代は感情、三十代は手腕、四十代は知識、五十代は思慮が最も盛んという年代観も添えます。これは新渡戸の経験的な見方です。若手に挑戦を促しつつ、決断前の一拍を教える視点は、現代の育成にも通じます。
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この章句が説くこと

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