武士道 / 原序・愛妻の問いが動機となる
予が此一小册子を述作するに至りたる直接の動機は、愛妻の屢ば予に問ふに、日本に行はるゝ彼此の思想習慣の理由根據を以てするに在りき。ド、ラヴェレー氏及び愛妻に對し滿足なる解答を與へんとするに當りて予は知りぬ、先づ封建主義と武士道の何物たるかを了知するに非ずんば、即ち現時日本の道德思想は、一の秘本にして繙き窺ふべからざるものなることを。予の病病久しく愈えず、爲に疎懶日を銷するの止むを得ざるを機とし、曾て多次家庭の談話に於て與へたる答解を記述したるもの即ち此書の骨子を成し、其據る所は主として、封建思想の猶ほ旺盛なりし時、予が少年の日に當りて示教を受けたるものに係る。彼れには小泉八雲氏及びフレエザー夫人あり、此れには又たサア、アーネスト、サトウ及びチヤンバレン教授あるの中間に立ち、英語を以て日本に關する述作を成さんは、盖し躊躇失望すべきものあり。
新字:予が此一小册子を述作するに至りたる直接の動機は、愛妻の屢ば予に問ふに、日本に行はるゝ彼此の思想習慣の理由根拠を以てするに在りき。ド、ラヴェレー氏及び愛妻に対し満足なる解答を与へんとするに当りて予は知りぬ、先づ封建主義と武士道の何物たるかを了知するに非ずんば、即ち現時日本の道徳思想は、一の秘本にして繙き窺ふべからざるものなることを。予の病病久しく愈えず、為に疎懶日を銷するの止むを得ざるを機とし、曽て多次家庭の談話に於て与へたる答解を記述したるもの即ち此書の骨子を成し、其拠る所は主として、封建思想の猶ほ旺盛なりし時、予が少年の日に当りて示教を受けたるものに係る。彼れには小泉八雲氏及びフレエザー夫人あり、此れには又たサア、アーネスト、サトウ及びチヤンバレン教授あるの中間に立ち、英語を以て日本に関する述作を成さんは、盖し躊躇失望すべきものあり。
書き下し
予が此一小冊子を述作するに至りたる直接の動機は、愛妻のしばしば予に問ふに、日本に行はるる彼此の思想習慣の理由根拠を以てするに在りき。ド・ラヴレー氏及び愛妻に対し、満足なる解答を与へんとするに当りて、予は知りぬ、先づ封建主義と武士道の何物たるかを了知するに非ずんば、即ち現時日本の道徳思想は、一の秘本にして繙き窺ふべからざるものなることを。予の病、久しく癒えず、為に疎懶、日を銷するの止むを得ざるを機とし、かつて多次、家庭の談話に於て与へたる答解を記述したるもの、即ち此書の骨子を成し、其拠る所は主として、封建思想のなお旺盛なりし時、予が少年の日に当りて示教を受けたるものに係る。彼れには小泉八雲氏及びフレエザー夫人あり、此れには又たサー・アーネスト・サトウ及びチャンバレン教授あるの中間に立ち、英語を以て日本に関する述作を成さんは、けだし躊躇失望すべきものあり。
現代語訳
私がこの小冊子を書くに至った直接の動機は、妻が私にたびたび、日本で行われているあれこれの思想や習慣の理由や根拠を尋ねたことにあります。ド・ラヴレー氏と妻に満足な答えを与えようとするにあたって、私は知りました。まず封建制度と武士道が何であるかを理解しなければ、今の日本の道徳思想は、一冊の秘伝書のようで開いて覗くことができないものだと。私の病が長く癒えず、やむなく怠けて日を過ごさねばならないのを機に、かつて何度も家庭の会話で与えた答えを書き留めたものが、この本の骨組みになりました。その拠りどころは主に、封建の思想がまだ盛んだったころ、私が少年の日に教えを受けたものです。あちらには小泉八雲氏やフレイザー夫人があり、こちらにはサー・アーネスト・サトウやチェンバレン教授がいる、その中間に立って、英語で日本について書くのは、まことに躊躇し失望すべきものがあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非攻下則ち夫の攻伐を好むの君、又た其の説を飾りて曰く、我れ金玉子女壤地を以て足らずと為すに非ざるなり。我れ義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來さんと欲するなり、と。子墨子曰く、今、若し能く義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來す者有らば、天下の服すること立ちどころに待つ可きなり。夫れ天下、攻伐に處ること久し。譬うるに猶お傅子の馬を為るが然り。
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『墨子』非命下是の故に子墨子曰く、今、天下の君子の文章を為り言談を出だすは、将に其の頰舌を勤勞し、其の唇呡を利せんとするに非ざるなり。中に實に将に其の國家邑里萬民の刑政を為さんと欲する者なり。今や王公大人の早く朝し晏く退き、獄を聴き政を治め、終朝、均しく分かちて敢えて怠倦せざる所以の者は、何ぞや。曰く、彼れ以為えらく强ければ必ず治まり、强からざれば必ず亂れ、强ければ必ず寕く、强からざれば必ず危うしと。故に敢えて怠倦せず。
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論語・憲問篇微生畝、孔子に謂いて曰く、「丘、何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。」孔子曰く、「敢えて佞を為すに非ざるなり、固を疾むなり。」
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『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
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司馬法・嚴位凡そ人は、愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
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『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂いて曰く、「子は天下を兼愛するも、未だ利ありと云わず。我れは天下を愛せざるも、未だ賊すと云わず。功、皆な未だ至らざるに、子、何ぞ獨り自ら是として我を非とするや」と。子墨子曰く、「今、此に燎ゆる者有り。一人は水を奉じて将に之に灌がんとし、一人は火を摻りて将に之を益さんとす。功、皆な未だ至らざるも、子、何れをか二人に貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは彼の水を奉ずる者の意を是とし、夫の火を摻る者の意を非とす」と。子曰く、「吾れも亦た吾が意を是とし、子の意を非とするなり」と。