自警録 / 第二十章 忠告の取捨・功を奏する忠告と奏せぬ忠告(2)
「およそ人を諫むるには、人の気質によりて直諫、諷諫の二つの法あり。知らずんばあるべからず。その心和順にて義理明らかなる人ならば直諫すべし。直諫とは過ちをいいあらわし、理をすぐにのべて、是非をまげず、つよく諫むるなり。かくのごとくなれば聞く人おそれて従う。孔子の法語の言とのたまう是なり。また気質和順ならず義理くらき人ならば、諷諫すべし。諷諫とはただちにその人の過悪をさしあらわしていわず、まずその人のよきところをあげて誉め、その人を喜ばしめ、その人の心に従いてさからわず、ただその事の損なると益なるとを説きて得心せしむべし。あるいは他事によそえて善悪得失を述ぶべし。かくのごとくすれば聞く人、はらたたずしてよろこびて諫めを聞きしたがう。孔子の巽与の言とのたまえる是なり。人をいさむる法はこの二つなり。その人の気質によりていさめの法かわるべし。直諫するこそ本意なれども、正直に強く諫めても聞く人の耳にさからいて受け用いざれば益なし。名君賢者ならでは直諫によろしき人は稀なり。よのつねの人ならば諷諫すべし、諷諫をよくして人のよく聞き入れたるためし多し。是いさめのよき手だてなり。いさめの道を知らで辞をあらくして人にさからい、みだりにいえば人怒りて必ず聞きいれず。人に益なくしてわが身のわざわいとなる。ことにわが親に直諫して腹立たしめ、親よろこばざれば親子の中うとくなる。大なる不幸なり。親をいさむるには法あり。 易に曰『納約自牖』、まどは明らかなるところなり。たとえば家の内にある人に外より物を言い入るるに、壁越にいえば聞こえず、牖よりいえば聞こゆ。諫めを言うも亦かくの如し。いかなる愚なる人も、必ずいずくにぞ片はしに道理開けて明らかなる所あり、或いは好む所の欲あり。その所をよく見つけて言い入るれば聞き入れやすし。この諫めようのよきこと古もさるためし多し。ふさがりたる処を知らずして、いかに忠をつくして諫むとも、聞き用いざれば益なし」。
書き下し
「およそ人を諫むるには、人の気質によりて直諫、諷諫の二つの法あり。知らずんばあるべからず。その心和順にて義理明らかなる人ならば直諫すべし。直諫とは過ちをいいあらわし、理をすぐにのべて、是非をまげず、つよく諫むるなり。かくのごとくなれば聞く人おそれて従う。孔子の法語の言とのたまう是なり。また気質和順ならず義理くらき人ならば、諷諫すべし。諷諫とはただちにその人の過悪をさしあらわしていわず、まずその人のよきところをあげて誉め、その人を喜ばしめ、その人の心に従いてさからわず、ただその事の損なると益なるとを説きて得心せしむべし。あるいは他事によそえて善悪得失を述ぶべし。かくのごとくすれば聞く人、はらたたずしてよろこびて諫めを聞きしたがう。孔子の巽与の言とのたまえる是なり。人をいさむる法はこの二つなり。その人の気質によりていさめの法かわるべし。直諫するこそ本意なれども、正直に強く諫めても聞く人の耳にさからいて受け用いざれば益なし。名君賢者ならでは直諫によろしき人は稀なり。よのつねの人ならば諷諫すべし、諷諫をよくして人のよく聞き入れたるためし多し。是いさめのよき手だてなり。いさめの道を知らで辞をあらくして人にさからい、みだりにいえば人怒りて必ず聞きいれず。人に益なくしてわが身のわざわいとなる。ことにわが親に直諫して腹立たしめ、親よろこばざれば親子の中うとくなる。大なる不幸なり。親をいさむるには法あり。 易に曰『納約自牖』、まどは明らかなるところなり。たとえば家の内にある人に外より物を言い入るるに、壁越にいえば聞こえず、牖よりいえば聞こゆ。諫めを言うも亦かくの如し。いかなる愚なる人も、必ずいずくにぞ片はしに道理開けて明らかなる所あり、或いは好む所の欲あり。その所をよく見つけて言い入るれば聞き入れやすし。この諫めようのよきこと古もさるためし多し。ふさがりたる処を知らずして、いかに忠をつくして諫むとも、聞き用いざれば益なし」。
現代語訳
「およそ人を諫めるには、人の気質によって、直諫と諷諫の二つの方法がある。これを知らなければならない。心が穏やかで道理に明るい人には、直諫をするのがよい。直諫とは、過ちをはっきり言い表し、道理をまっすぐに述べて、是非を曲げず、強く諫めることである。こうすれば、聞く人は畏れ入って従う。孔子が法語の言と言われたのがこれである。また、気質が穏やかでなく、道理に暗い人には、諷諫をするのがよい。諷諫とは、その人の過ちや悪をいきなり指さして言わず、まずその人の良いところを挙げて褒め、その人を喜ばせ、その人の心に従って逆らわず、ただそのことの損と益を説いて納得させることである。あるいは他の事にたとえて、善悪や得失を述べるのがよい。こうすれば、聞く人は腹を立てず、喜んで諫めを聞き入れる。孔子が巽与の言と言われたのがこれである。人を諫める方法はこの二つである。その人の気質によって、諫める方法は変えるべきである。直諫するのが本来の趣旨ではあるけれども、正直に強く諫めても、聞く人の耳に逆らって受け入れられなければ益がない。名君や賢者でなければ、直諫に向く人は稀である。ふつうの人には諷諫をするのがよい。諷諫がうまくて、人がよく聞き入れた例は多い。これは諫めのよい手立てである。諫めの道を知らず、言葉を荒くして人に逆らい、むやみに言えば、人は怒って必ず聞き入れない。人のためにならず、わが身の災いとなる。とりわけ、自分の親に直諫して腹を立てさせ、親が喜ばなければ、親子の仲は疎遠になる。これは大きな不幸である。親を諫めるには方法がある。 易に『納約自牖』とある。牖(まど)は明るいところである。たとえば、家の中にいる人に外から物を言い入れるとき、壁越しに言っても聞こえないが、窓から言えば聞こえる。諫めを言うのもまたこのようなものである。どんなに愚かな人でも、必ずどこかに、一部分だけ道理が開けて明るい所があり、あるいは好む欲がある。その所をよく見つけて言い入れれば、聞き入れやすい。この諫めようのよいことは、昔にもそうした例が多い。ふさがっている所を知らずに、どんなに忠を尽くして諫めても、聞き入れられなければ益はない」
解説

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『大和俗訓』巻之五・言語直諫とは、過を言ひあらはし、理を直にのべて、是非をまげず、つよく諫むるなり。かくの如くなれば、聞く人おそれて従ふ。孔子の、法語の言とのたまふ、是なり。又気質和順ならず、義理くらき人ならば、諷諫すべし。諷諫とは、直に其人の過悪をさしあらはして言はず、まづ其人のよき所をあげて誉め、其人を喜ばしめ、其人の心に従ひてさからはず、ただ其事の損あると、益あるとを説きて、得心せしむべし。或は他事によそへて、善悪得失を述ぶべし。かくの如くすれば、聞く人はらたたずして、よろこびて諫を聞きしたがふ。孔子の、巽与の言とのたまへる、是なり。人をいさむる法は、此二なり。其人の気質によりて、いさめの法かはるべし。直諫するこそ本意なれども、正直に強く諫めても、聞く人の耳にさからひて、受用ひざれば益なし。
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『大和俗訓』巻之五・言語明君賢者ならでは、直諫によろしき人は稀なり。よのつねの人ならば、諷諫すべし。諷諫をよくして、人のよく聞入れたるためし多し。是いさめのよき手立なり。いさめの道を知らで、辞をあらくして人にさからひ、妄にいへば、人怒りて、必聞きいれず。人に益なくして、我が身のわざはひとなる。ことに我が親に直諫して腹だたしめ、親よろこびざれば、親子の中うとくなる。大なる不孝なり。親をいさむるには法あり。
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『君子訓』巻之中一諫の術二あり。直諫と諷諫となり。直諫は明君に施す。明君はいかなる強き諫をも用ひて怒らず。諷諫は貞直に厳しく諫めず、よそへごとにて気に障らぬやうに和かに諫め、自らさとらしむる事なり。張良が四皓を呼出して太子を易へしめず、頴考叔が荘公をさとして母と和睦せしめ、魏文公の臣任座が文侯を誉めて翟璜が直臣なる事をさとらしめ、狄仁傑が武后を諫めて唐を亡ぼさざるの類なり。唯諫を聞く人は、直諫を好むべし、諷諫を好むべからず。孔子の宣く、良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言耳に逆へども行に利あり。湯武は諫を用ひて天下を保ち、桀紂は諫を拒みて身を失ふ。凡歴代の君の善悪と、国の治乱興亡は、ひとへに諫を用ふると拒むとの二にあり。
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『大和俗訓』巻之五・言語人の善をばもてはやして、称誉すべし。悪をかくして、善をあぐるは、聖人の行なり。まなぶべし。およそ人を諫むるには法あり。たとひ我が子我が弟をいさむるにも、声をいららげ、言をあらくして、悪口し、はづかしむるは悪しし。如此すれば、聞く者腹立ちうらみて、心に服せず、かへつて其諫にそむきて従はず。ここを以て、人を諫むるには、心を平和にし、ことばを順にし、道理を正しくいさむべし。まづ人のよきことを誉めて、人の心を悦ばしむべし。怒りて悦ばざれば、いさめても受用ひがたし。これ人を諫むるてだてなり。およそ人を諫むるには、人の気質によりて、直諫、諷諫の二の法あり。知らずんばあるべからず。其心和順にて、義理明なる人ならば、直諫すべし。
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『初学訓』巻之二一君過あらば、諫むべし。君の寵を失はんことをおそれて、わが身を愛し、私すべからず。君をいさむるに、君の悪をいひあらはし、言をはげしくして、怒り争ふべからず。君の心の善なる所、明らかなる所に本づきて、それを誉めておしひろめ、悪しき所くらき所におし及ぼすべし。如斯すれば、其諫入りやすし。是、約をいるるに、まどよりするの理なり。悪しき所くらき所よりは、諫入りがたし。故に、君をいさめ、親をいさむるには法あり。其法を学んで知るべし。
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『初学訓』巻之二一もし、父母の身に過あらば、子たる者、わが顔を悦ばしめ、声を和らげ、言をゆるやかにして、やうやく諫むべし。父母いさめを用ひずして、かへつて怒らば、諫をまづ止むべし。父母の心にそむくべからず。時過ぎて、父母のけしきよき時、又いさむべし。はげしく諫めて、父母の心にさからふべからず。