君子訓 / 巻之中
一諫の術二あり。直諫と諷諫となり。直諫は明君に施す。明君はいかなる强き諫をも用ひて怒らず。諷諫は貞直に嚴しく諫めず、よそへごとにて氣に障らぬやうに和かに諫め、自らさとらしむる事なり。張良が四皓を呼出して太子を易へしめず、頴考叔が莊公をさとして母と和睦せしめ、魏文公の臣任座が文侯を譽めて翟璜が直臣なる事をさとらしめ、狄仁傑が武后を諫めて唐を亡ぼさゞるの類なり。唯諫を聞く人は、直諫を好むべし、諷諫を好むべからず。孔子の宣く、良藥は口に苦けれども病に利あり、忠言耳に逆へども行に利あり。湯武は諫を用ひて天下を保ち、桀紂は諫を拒みて身を失ふ。凡歷代の君の善惡と、國の治亂興亡は、ひとへに諫を用ふると拒むとの二にあり。
新字:一諫の術二あり。直諫と諷諫となり。直諫は明君に施す。明君はいかなる強き諫をも用ひて怒らず。諷諫は貞直に厳しく諫めず、よそへごとにて気に障らぬやうに和かに諫め、自らさとらしむる事なり。張良が四皓を呼出して太子を易へしめず、頴考叔が荘公をさとして母と和睦せしめ、魏文公の臣任座が文侯を誉めて翟璜が直臣なる事をさとらしめ、狄仁傑が武后を諫めて唐を亡ぼさゞるの類なり。唯諫を聞く人は、直諫を好むべし、諷諫を好むべからず。孔子の宣く、良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言耳に逆へども行に利あり。湯武は諫を用ひて天下を保ち、桀紂は諫を拒みて身を失ふ。凡歴代の君の善悪と、国の治乱興亡は、ひとへに諫を用ふると拒むとの二にあり。
書き下し
一諫の術二あり。直諫と諷諫となり。直諫は明君に施す。明君はいかなる強き諫をも用ひて怒らず。諷諫は貞直に厳しく諫めず、よそへごとにて気に障らぬやうに和かに諫め、自らさとらしむる事なり。張良が四皓を呼出して太子を易へしめず、頴考叔が荘公をさとして母と和睦せしめ、魏文公の臣任座が文侯を誉めて翟璜が直臣なる事をさとらしめ、狄仁傑が武后を諫めて唐を亡ぼさざるの類なり。唯諫を聞く人は、直諫を好むべし、諷諫を好むべからず。孔子の宣く、良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言耳に逆へども行に利あり。湯武は諫を用ひて天下を保ち、桀紂は諫を拒みて身を失ふ。凡歴代の君の善悪と、国の治乱興亡は、ひとへに諫を用ふると拒むとの二にあり。
現代語訳
諫めの術には二つあります。直諫と諷諫です。直諫は明君に対して行います。明君はどんなに強い諫めでも用いて怒りません。諷諫は、正面から厳しく諫めず、たとえ話などで気に障らないように和やかに諫め、自分で悟らせることです。張良が四皓を呼び出して太子を替えさせなかったこと、潁考叔が荘公を悟らせて母と和睦させたこと、魏の文侯の臣任座が文侯をほめて翟璜が直臣であることを悟らせたこと、狄仁傑が武后を諫めて唐を滅ぼさなかったことなどの類です。ただし諫めを聞く人は、直諫を好むべきで、諷諫を好んではなりません。孔子は「良薬は口に苦いが病に利があり、忠言は耳に逆らうが行いに利がある」とおっしゃいました。殷の湯王や周の武王は諫めを用いて天下を保ち、夏の桀王や殷の紂王は諫めを拒んで身を失いました。およそ歴代の君の善悪と、国の治乱興亡は、ひとえに諫めを用いるか拒むかの二つにあるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之五・言語直諫とは、過を言ひあらはし、理を直にのべて、是非をまげず、つよく諫むるなり。かくの如くなれば、聞く人おそれて従ふ。孔子の、法語の言とのたまふ、是なり。又気質和順ならず、義理くらき人ならば、諷諫すべし。諷諫とは、直に其人の過悪をさしあらはして言はず、まづ其人のよき所をあげて誉め、其人を喜ばしめ、其人の心に従ひてさからはず、ただ其事の損あると、益あるとを説きて、得心せしむべし。或は他事によそへて、善悪得失を述ぶべし。かくの如くすれば、聞く人はらたたずして、よろこびて諫を聞きしたがふ。孔子の、巽与の言とのたまへる、是なり。人をいさむる法は、此二なり。其人の気質によりて、いさめの法かはるべし。直諫するこそ本意なれども、正直に強く諫めても、聞く人の耳にさからひて、受用ひざれば益なし。
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『初学訓』巻之二一君過あらば、諫むべし。君の寵を失はんことをおそれて、わが身を愛し、私すべからず。君をいさむるに、君の悪をいひあらはし、言をはげしくして、怒り争ふべからず。君の心の善なる所、明らかなる所に本づきて、それを誉めておしひろめ、悪しき所くらき所におし及ぼすべし。如斯すれば、其諫入りやすし。是、約をいるるに、まどよりするの理なり。悪しき所くらき所よりは、諫入りがたし。故に、君をいさめ、親をいさむるには法あり。其法を学んで知るべし。
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『大和俗訓』巻之五・言語明君賢者ならでは、直諫によろしき人は稀なり。よのつねの人ならば、諷諫すべし。諷諫をよくして、人のよく聞入れたるためし多し。是いさめのよき手立なり。いさめの道を知らで、辞をあらくして人にさからひ、妄にいへば、人怒りて、必聞きいれず。人に益なくして、我が身のわざはひとなる。ことに我が親に直諫して腹だたしめ、親よろこびざれば、親子の中うとくなる。大なる不孝なり。親をいさむるには法あり。
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『君子訓』巻之中一臣下として其職分に当らば、君の過悪を諫めずんばあるべからず。漢土の忠臣は、身を捨てて君を諫め、殺さるることを知れども顧みず。凡君の為に身を捨つること、戦陣に限るべからず。身をかばひ命を惜みて、君の悪を知れども諫めざるは、不忠なり。況や官禄を惜みて黙すは言ふもさらなり。我が邦の人は、戦場に出でては勇なれども、諫争の一事は漢土の人に及ばず。是国の習はしなるか、無学にして諫の術を知らざるか。
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孔子家語・辯政孔子曰わく、「忠臣の君を諫むるに、五義有り。一に曰わく譎諫、二に曰わく戇諫、三に曰わく降諫、四に曰わく直諫、五に曰わく風諫。唯だ主を度りて之を行う、吾れ其の風諫に從わんか。」
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説苑・正諫易に曰わく、「王臣蹇蹇たるは、躬の故に匪ず」と。人臣の蹇蹇として難しと為す所以にして、其の君を諫むる者は身の為に非ざるなり、将に以て君の過を匡し、君の失を矯めんと欲すればなり。君に過失有るは、危亡の萌なり。君の過失を見て諫めざるは、是れ君の危亡を軽んずるなり。夫れ君の危亡を軽んずる者は、忠臣の忍びて為さざる所なり。三たび諫めて用いられざれば則ち去り、去らざれば則ち身亡ぶ。身亡ぶは、仁人の為さざる所なり。是の故に諫に五有り。一に曰わく正諫、二に曰わく降諫、三に曰わく忠諫、四に曰わく戇諫、五に曰わく諷諫。孔子曰わく、「吾は其れ諷諫に従わんか」と。夫れ諫めざれば則ち君を危うくし、固く諫むれば則ち身を危うくす。其の君を危うくせんよりは、寧ろ身を危うくせよ。身を危うくして終に用いられざれば、則ち諫も亦た功無し。智者は君を度り時を権り、其の緩急を調えて其の宜しきに処る。上は敢えて君を危うくせず、下は以て身を危うくせず、故に国に在りて国危うからず、身に在りて身殆うからず。昔陳の霊公は泄冶の諫を聴かずして之を殺し、曹羈は三たび曹君を諫めて聴かれずして去る。春秋の義を序するに賢を倶にすと雖も、曹羈は礼に合えり。
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