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自警録 / 第二十章 忠告の取捨・忠告を納むるべき肥沃な畑

かの英国の誇りとするシャフツベリー卿は、身は名流であり、一家は巨万の富を積み、娯楽に世を渡る資格をそなえておりながら、中学校時代乞食の葬式の途中棺から死骸のおちるのを見て、十五分間に自分の生涯の方針を定めたと称している。 しかるにわれわれもよし乞食の葬式にあらずとも、これに類したることはしばしば見ている。世の憂き事、人生のつらいことが毎日われわれの眼に映り耳に響きながら、われわれの胸にはなんらの影をも落とさず、なんらの共鳴をも引き起こさない。しかるに世にいくらか仕事をなした人について質したならば、十に八、九までは、私の立志はかくかくの時に発したと、なにか具体的な、しかも他人の耳にはつまらなく聞こゆる些細な出来事を指摘するであろう。これ蓋し、すでに腹の畑は肥しができ、掘り起こされて土壤が柔かになり、下種の時晩しと待っているところに、空飛ぶ鳥が偶然一粒墜したり、眼に見えない風が山の彼方より種を抱いて吹き来たったりして、春に萠し、夏に花咲き、秋に実るのである。 人の心も先に言った想像なり、あるいはそれよりはるか以上の方法をもって、準備を整えていさえすればいかに卑近な教えでも、いかに些末な忠告でも、必ずこれを受け取って発芽して、花咲かせて実るものと思う。 他人の諫言忠告をいつでも容れる心の態度を有する者は真の大人、君子、英傑である。シナ太古の聖人が世を治むる時代には朝廷に諫鼓という太鼓のような物を備えおいて、誰人にても当局に忠告せんとする者はこれを打つと、役人が出て諫言を聴いたと伝えるが、今日は諫鼓のかわりに新聞があるけれども、耳を傾ける度量は昔にくらべてどうであろう。

書き下し

かの英国の誇りとするシャフツベリー卿は、身は名流であり、一家は巨万の富を積み、娯楽に世を渡る資格をそなえておりながら、中学校時代乞食の葬式の途中棺から死骸のおちるのを見て、十五分間に自分の生涯の方針を定めたと称している。 しかるにわれわれもよし乞食の葬式にあらずとも、これに類したることはしばしば見ている。世の憂き事、人生のつらいことが毎日われわれの眼に映り耳に響きながら、われわれの胸にはなんらの影をも落とさず、なんらの共鳴をも引き起こさない。しかるに世にいくらか仕事をなした人について質したならば、十に八、九までは、私の立志はかくかくの時に発したと、なにか具体的な、しかも他人の耳にはつまらなく聞こゆる些細な出来事を指摘するであろう。これ蓋し、すでに腹の畑は肥しができ、掘り起こされて土壤が柔かになり、下種の時晩しと待っているところに、空飛ぶ鳥が偶然一粒墜したり、眼に見えない風が山の彼方より種を抱いて吹き来たったりして、春に萠し、夏に花咲き、秋に実るのである。 人の心も先に言った想像なり、あるいはそれよりはるか以上の方法をもって、準備を整えていさえすればいかに卑近な教えでも、いかに些末な忠告でも、必ずこれを受け取って発芽して、花咲かせて実るものと思う。 他人の諫言忠告をいつでも容れる心の態度を有する者は真の大人、君子、英傑である。シナ太古の聖人が世を治むる時代には朝廷に諫鼓という太鼓のような物を備えおいて、誰人にても当局に忠告せんとする者はこれを打つと、役人が出て諫言を聴いたと伝えるが、今日は諫鼓のかわりに新聞があるけれども、耳を傾ける度量は昔にくらべてどうであろう。

現代語訳

英国が誇るシャフツベリー卿は、身は名門で、一家は莫大な富を積み、遊んで暮らす資格がそなわっていながら、中学校時代に、乞食の葬式の途中で棺から遺体が落ちるのを見て、十五分のうちに自分の生涯の方針を定めたと言っています。 ところが私たちも、乞食の葬式でなくても、これに似たことはしばしば目にしています。世のつらいこと、人生のつらいことが毎日私たちの目に映り耳に響きながら、私たちの胸には何の影も落とさず、何の共鳴も呼び起こしません。ところが、世の中で多少の仕事をした人に尋ねてみれば、十人のうち八、九人までは、私の志はあのときに発しました、と何か具体的な、しかも他人の耳にはつまらなく聞こえる些細な出来事を挙げるでしょう。思うにこれは、すでに心の畑に肥やしが入り、耕されて土が柔らかくなり、種まきの時を今か今かと待っているところに、空飛ぶ鳥が偶然一粒落としたり、目に見えない風が山の向こうから種を抱いて吹いてきたりして、春に芽吹き、夏に花が咲き、秋に実るのです。 人の心も、先に言った想像、あるいはそれよりはるか上の方法で、準備を整えてさえいれば、どれほど身近な教えでも、どれほど些末な忠告でも、必ずこれを受け取って、芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶものと思います。 他人の諫言や忠告をいつでも受け入れる心構えを持つ者は、真の大人であり、君子であり、英傑です。中国の太古の聖人が世を治めた時代には、朝廷に諫鼓という太鼓のようなものを置き、誰でも当局に忠告しようとする者がこれを打つと、役人が出てきて諫言を聞いたと伝えられます。今日は諫鼓の代わりに新聞がありますが、耳を傾ける度量は昔に比べてどうでしょうか。

解説

英国のシャフツベリー卿は、乞食の葬式で棺から遺体が落ちるのを見て、十五分で生涯の方針を決めたと語ったと新渡戸は記します。志の芽は些細な出来事から生まれますが、その下には耕された心の畑があります。成功者の多くが、つまらなく聞こえる具体的な出来事を立志の起点に挙げるのも同じです。現代の組織でも、同じ研修や助言が人によって効き方が違うのは、受け取る側の畑の違いです。諫鼓の話は、聞く度量こそリーダーの器だという戒めです。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

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