自警録 / 第二十章 忠告の取捨・訓戒の値打を知る法
そこで僕は始終思うに、個人の訓戒を実際に施すには、その抽象的教訓を具体的に翻訳しなければならぬ。この翻訳をするには、一つには伝記を読んで、何某がどういう誤りをして、どういう結果に陥った。そしていかなる法によって、取り返しをしたかを知るが一つ。また一つには年輩も境遇も同じような親友とたがいに真情をうちあけて、俺はこういうことをした、あるいはこういう悪い考えが浮かんで困ると語り合い、また友人の実験を聞いて、実際の人生にいかなる誘惑のあるものか、自ら知らぬ経験を具体的に他人から聞きただすも一つの法であろうし、また自ら退いて想像して、己れがかくのごとき場合に陥ったならば、いかに身を処するかを、考えるもまた一法であると思う。 僕がいま最後に述べたことは、子供らしい方法で、世間の物笑いになるか知らぬが、少なくとも僕のごとき平凡なる青年にはすこぶる役に立った方法である。たとえば今に記憶に残っていることも少なくないが、十五、六のころ一人で想像して、もし俺がかくかくの困難に陥ったときは、自分はどうしよう、もし俺がかくかくの誘惑にさそわれたときには、こうしようと夢みるごとくに描いた仮定が、その後しばしば役に立った。今後も役に立つであろうと信ずる。事に当たって惑うときも苦しむときもちょっと一歩退いて、 「ハハアこれはいつぞや夢に見たこういう場合に当てはまる。そのときにはこうしようと思ったが、今日その通りできぬはずがない」 と、こう思うと大概のことには、かねての準備があるがごとき自信を抱いてくる。ゆえにこの想像がなかったならば狼狽すべかりし場合にも、うんこれは例の夢が実現せられているんだと、思いきりがつく。もっとも聖人君子ならざる身であれば、事に当たって一時惑うは遺憾ながらあっても、そのことをかねて期待しておったとおらぬとはたいへん違う。彼の有名な業平の辞世を見ても、 遂に行く道とは兼て聞きしかど昨日けふとは思はざりしを とある。業平という人は文芸に優秀なることは言うまでもないが、その人となりについてどれほど根底のたしかな人か知らんが、その臨終になって、「昨日けふとは思はざりしを」とのこの句はちょっと不意打ちをせられて、あわてたようにも聞こゆるけれども、もし彼にして「遂に行く道」を兼て聞いておらなかったならば、彼の狼狽は定めし見苦しかったものであろう。
書き下し
そこで僕は始終思うに、個人の訓戒を実際に施すには、その抽象的教訓を具体的に翻訳しなければならぬ。この翻訳をするには、一つには伝記を読んで、何某がどういう誤りをして、どういう結果に陥った。そしていかなる法によって、取り返しをしたかを知るが一つ。また一つには年輩も境遇も同じような親友とたがいに真情をうちあけて、俺はこういうことをした、あるいはこういう悪い考えが浮かんで困ると語り合い、また友人の実験を聞いて、実際の人生にいかなる誘惑のあるものか、自ら知らぬ経験を具体的に他人から聞きただすも一つの法であろうし、また自ら退いて想像して、己れがかくのごとき場合に陥ったならば、いかに身を処するかを、考えるもまた一法であると思う。 僕がいま最後に述べたことは、子供らしい方法で、世間の物笑いになるか知らぬが、少なくとも僕のごとき平凡なる青年にはすこぶる役に立った方法である。たとえば今に記憶に残っていることも少なくないが、十五、六のころ一人で想像して、もし俺がかくかくの困難に陥ったときは、自分はどうしよう、もし俺がかくかくの誘惑にさそわれたときには、こうしようと夢みるごとくに描いた仮定が、その後しばしば役に立った。今後も役に立つであろうと信ずる。事に当たって惑うときも苦しむときもちょっと一歩退いて、 「ハハアこれはいつぞや夢に見たこういう場合に当てはまる。そのときにはこうしようと思ったが、今日その通りできぬはずがない」 と、こう思うと大概のことには、かねての準備があるがごとき自信を抱いてくる。ゆえにこの想像がなかったならば狼狽すべかりし場合にも、うんこれは例の夢が実現せられているんだと、思いきりがつく。もっとも聖人君子ならざる身であれば、事に当たって一時惑うは遺憾ながらあっても、そのことをかねて期待しておったとおらぬとはたいへん違う。彼の有名な業平の辞世を見ても、 遂に行く道とは兼て聞きしかど昨日けふとは思はざりしを とある。業平という人は文芸に優秀なることは言うまでもないが、その人となりについてどれほど根底のたしかな人か知らんが、その臨終になって、「昨日けふとは思はざりしを」とのこの句はちょっと不意打ちをせられて、あわてたようにも聞こゆるけれども、もし彼にして「遂に行く道」を兼て聞いておらなかったならば、彼の狼狽は定めし見苦しかったものであろう。
現代語訳
そこで私はいつも思うのですが、個人への訓戒を実際に施すには、その抽象的な教訓を具体的に翻訳しなければなりません。この翻訳をするには、一つには伝記を読んで、誰それがどんな誤りをして、どんな結果に陥り、どんな方法で取り返したかを知ること。もう一つには、年ごろも境遇も同じような親友と、互いに本心を打ち明けて、俺はこんなことをした、こんな悪い考えが浮かんで困る、と語り合い、また友人の実体験を聞いて、実際の人生にどんな誘惑があるのか、自分の知らない経験を具体的に他人から聞きただすこと、これも一つの方法でしょう。さらにもう一つ、自ら一歩退いて想像し、自分がこのような場面に陥ったら、どう身を処するかを考えるのも、一つの方法だと思います。 私がいま最後に述べたことは、子供らしい方法で、世間の物笑いになるかもしれませんが、少なくとも私のような平凡な青年には、たいへん役に立った方法です。たとえば今も記憶に残っていることが少なくありませんが、十五、六のころ一人で想像して、もし俺がこれこれの困難に陥ったときは、自分はどうしよう、もし俺がこれこれの誘惑に誘われたときは、こうしようと、夢見るように思い描いた仮定が、その後たびたび役に立ちました。今後も役に立つと信じています。事に当たって迷うときも苦しむときも、ちょっと一歩退いて、 「ははあ、これはいつか夢に見た、こういう場合に当てはまる。そのときはこうしようと思ったが、今日その通りにできないはずがない」 と思えば、たいがいのことには、かねて準備があったかのような自信が湧いてきます。ですから、この想像がなかったならうろたえたはずの場合でも、うん、これは例の夢が実現しているのだと、思い切りがつきます。もっとも、聖人君子ではない身ですから、事に当たって一時迷うのは、残念ながらあるにせよ、それをかねて期待していたのと、していなかったのとでは、たいへんな違いです。あの有名な業平の辞世を見ても、 遂に行く道とは兼て聞きしかど昨日けふとは思はざりしを とあります。業平という人は、文芸に優れていることは言うまでもありませんが、その人柄についてどれほど根底のたしかな人かは知りません。臨終になって「昨日けふとは思はざりしを」というこの句は、ちょっと不意打ちをされて慌てたようにも聞こえますが、もし彼が「遂に行く道」をかねて聞いておらず覚悟がなかったなら、彼の狼狽はさぞ見苦しかったことでしょう。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
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