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自警録 / 第二十章 忠告の取捨・余らの学校時代には徳育が無い

決して誰彼を怨むわけではないが、……もし怨むとすれば時勢を怨むというよりほかにないが、……明治十年前後、僕が学校ざかりの時分には、日本の国は教訓については(道徳とは言わぬ)沙漠の時代であった。 僕の十歳代の時を顧みると年長者なり、先輩なり、親切に指導する者ははなはだ少なかった。有為なる人物を育てるようには、心がけた人がたくさんあったが、正しい人間を造ろうということには心のうちには、いずれも思っていたろうけれども、これを形に顕して自らこれを個人に及ぼすことのはなはだ少ない時代であった。ゆえに神経質なる僕のごとき者は、(僕と同感の青年が何万とあったろう)すがりよって、教えを求めようと飢え渇いていたものである。しかるに親切な人も正しい人も許多あったが、時代の要求は少しは悪い奴でも役に立つ人才を要する傾向があったから、教育上道徳観念を養う者はほとんどなかった。ゆえにこれを求むる者は勢い書物に依ったのである。 しかるに残念なことには書物にあることは前述のごとく抽象的であるから、未熟の頭脳には入りにくい。たまたま入れば自分を省みるより他人を責むる道具となる。

書き下し

決して誰彼を怨むわけではないが、……もし怨むとすれば時勢を怨むというよりほかにないが、……明治十年前後、僕が学校ざかりの時分には、日本の国は教訓については(道徳とは言わぬ)沙漠の時代であった。 僕の十歳代の時を顧みると年長者なり、先輩なり、親切に指導する者ははなはだ少なかった。有為なる人物を育てるようには、心がけた人がたくさんあったが、正しい人間を造ろうということには心のうちには、いずれも思っていたろうけれども、これを形に顕して自らこれを個人に及ぼすことのはなはだ少ない時代であった。ゆえに神経質なる僕のごとき者は、(僕と同感の青年が何万とあったろう)すがりよって、教えを求めようと飢え渇いていたものである。しかるに親切な人も正しい人も許多あったが、時代の要求は少しは悪い奴でも役に立つ人才を要する傾向があったから、教育上道徳観念を養う者はほとんどなかった。ゆえにこれを求むる者は勢い書物に依ったのである。 しかるに残念なことには書物にあることは前述のごとく抽象的であるから、未熟の頭脳には入りにくい。たまたま入れば自分を省みるより他人を責むる道具となる。

現代語訳

決して誰かを恨むわけではありませんが、もし恨むとすれば、時勢を恨むほかありません。明治十年前後、私が学校に通っていた時分には、日本の国は、教訓については(道徳とは言いません)砂漠の時代でした。 私の十代のころを顧みると、年長者や先輩で、親切に指導してくれる者は、たいへん少なかったのです。有為な人物を育てようと心がけた人はたくさんいましたが、正しい人間をつくろうということは、心のうちではどの人も思っていたでしょうけれども、それを形にして自ら個人に及ぼすことは、たいへん少ない時代でした。そのため、神経質な私のような者は(私と同じ思いの青年が何万人もいたことでしょう)、すがりついて教えを求めようと、飢え渇いていました。ところが、親切な人も正しい人も大勢いたのに、時代の要求は、少しくらい悪い者でも役に立つ人材を求める傾向があったので、教育の上で道徳観念を養う人はほとんどいませんでした。そこで、これを求める者は、やむなく書物に頼ったのです。 ところが残念なことに、書物にあることは前に述べたとおり抽象的ですから、未熟な頭には入りにくい。たまたま入ると、自分を省みるよりも、他人を責める道具になってしまうのです。

解説

新渡戸は明治十年前後の学生時代を、教訓については砂漠の時代だったと振り返ります。1862年生まれの彼が学校に通った頃で、国が求めたのは役に立つ人材であり、人柄を育てる指導は個人には及びませんでした。飢えた青年は書物に頼りますが、抽象的な教えは自分を省みるより他人を責める道具になりました。今の職場でも、能力は育てても人としての指針を語る人が少ないなら、同じ砂漠が小さく再現されます。
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この章句が説くこと

明治十年前後徳育砂漠の時代書物青年時勢

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