自警録 / 第十九章 言葉の心・不快の感を与うる言語(2)
「それに類したようなことを、この前に君の国の人がいっていたことがあった。なにぶん言葉が不完全なので、明瞭にその言うところの意味がわからなかった」 といい、進んで滔々としてその説の正当ならぬことを説かれたことがある。つまり同一の事柄を、一人は「やっつけた」と大いに誇張していい、一人はそんなことははなはだ軽く、やっつけられたともなんとも思わぬことがしばしばある。かくのごとき場合にはやっつけたと思う心ははなはだ陋かつ小であって、先方を困らす動機を示すのみで、はたして自分の言が有効であったかを保証するものでない。 近ごろ僕の知人にして雑誌記者の来訪を受け、なんかの質問を受けたことがある。しかるにその質問があまりくだらなかったので取り合わなかった。数日ならずしてなにかの雑誌に自分の名が掲げてあったので、はてな、そんな雑誌に投書したことはなかったがと思い、試みにその記事をみると、某氏を訪ねて大いに議論を戦わしたるに、彼は答うるに言葉なく、ギャフンと参ったと書いてあり、始めてハハアあの時のことであったかと思ったという。この場合においても記者がいかに某を重大視し、某は彼に対して無頓着なりしかを示すだけで、同じことをまったく別な態度で見るとかくのごときゆきちがいが始終起こる。こういう例をあげきたれば僕自身にも少なからざる経験がある。おそらくは同様の経験を持たぬ人はあるまい。
書き下し
「それに類したようなことを、この前に君の国の人がいっていたことがあった。なにぶん言葉が不完全なので、明瞭にその言うところの意味がわからなかった」 といい、進んで滔々としてその説の正当ならぬことを説かれたことがある。つまり同一の事柄を、一人は「やっつけた」と大いに誇張していい、一人はそんなことははなはだ軽く、やっつけられたともなんとも思わぬことがしばしばある。かくのごとき場合にはやっつけたと思う心ははなはだ陋かつ小であって、先方を困らす動機を示すのみで、はたして自分の言が有効であったかを保証するものでない。 近ごろ僕の知人にして雑誌記者の来訪を受け、なんかの質問を受けたことがある。しかるにその質問があまりくだらなかったので取り合わなかった。数日ならずしてなにかの雑誌に自分の名が掲げてあったので、はてな、そんな雑誌に投書したことはなかったがと思い、試みにその記事をみると、某氏を訪ねて大いに議論を戦わしたるに、彼は答うるに言葉なく、ギャフンと参ったと書いてあり、始めてハハアあの時のことであったかと思ったという。この場合においても記者がいかに某を重大視し、某は彼に対して無頓着なりしかを示すだけで、同じことをまったく別な態度で見るとかくのごときゆきちがいが始終起こる。こういう例をあげきたれば僕自身にも少なからざる経験がある。おそらくは同様の経験を持たぬ人はあるまい。
現代語訳
「それに似たようなことは、この前、あなたの国の人が言っていたことがありました。何しろ言葉が不完全なので、はっきりその言う意味がわかりませんでした」 と言い、さらに進んで、とうとうとその説が正当でないことを説かれたことがあります。つまり、同じ事柄を、一人は「やっつけた」と大いに誇張して言い、もう一人はそんなことをごく軽く受け止めて、やっつけられたとも何とも思わないことが、しばしばあります。こういう場合に、やっつけたと思う心は、はなはだ卑しく小さく、相手を困らせたいという動機を示すだけで、はたして自分の言葉が有効であったかを保証するものではありません。 近ごろ、私の知人が雑誌記者の来訪を受け、何かの質問を受けたことがありました。しかしその質問があまりにくだらなかったので、取り合いませんでした。数日もたたないうちに、何かの雑誌に自分の名が出ていたので、はて、そんな雑誌に投書したことはなかったがと思い、試しにその記事を見ると、某氏を訪ねて大いに議論を戦わせたところ、彼は答えるに言葉なく、ぎゃふんと参ったと書いてあり、初めて、ははあ、あのときのことかと思った、ということです。この場合にも、記者がいかに某氏を重大視し、某氏は彼に対していかに無頓着だったかを示すだけで、同じことをまったく別の態度で見ると、このような行き違いが始終起こります。こういう例を挙げれば、私自身にも少なからぬ経験があります。おそらく同様の経験を持たない人はないでしょう。
解説

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『甲陽軍鑑』品第十四戸石くづれとて此合戦は信玄公大形負け給ふ様にあれ共、芝居を踏みしづめ給へば村上終に敗北して、信玄の是も勝なり、負合戦に芝居は何としても塲所ふまへられぬ者なり、無案内の人々はよき者あまた討死仕たる程に、信玄公の負けかと申せ共、昔義経公八島の磯の合戦に二千あまりの旗本を、八十三騎に討ちなされ給へど塲を立ちのかされば、敵は敗軍して義経公の勝なり、惣別軍は唐日本にて昔の様子をもつて批判し給ふべし、乍去此戸石合戦信玄公の御代に一ツの無手際なる合戦なり、
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言志四録・言志晩録 第百十九条 勝ちて驕らず衄して挫けず戦伐の道は、始めに勝つ者は、将卒必ず驕る。驕る者は怠る。怠る者は或は終りに衄く。始めに衄く者は、将卒必ず憤る。憤る者は厲む。厲む者は遂に終りに勝つ。故に主将たる者は、必ずしも一時の勝敗を論ぜず、只能く士気を振厲し、義勇を鼓舞し、之をして勝ちて驕らず、衄きて挫けざらしむ。是れを要と為すのみ。
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孫子・始計篇凡そ此の五者は、将は聞かざるは莫きも、之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。
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孫子・形篇是の故に勝兵はまず勝ちて後に戦い、敗兵はまず戦いて後に勝ちを求む。
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒今一ノ縁事ヲ挙ハ。律蔵ノ中ニ。仏広厳城ニ在セシトキ。此毗耶離城諸栗咕毗ト。摩竭陀国未生怨王ト。互ニ闘戦ヲ催セシ時。目連尊者日ノ初分ニ広厳城ニ入テ分衛ス。城中ノ栗咕毗衆尊者ヲ見テ問フ。両陣交戦ス。誰当勝耶ト。尊者答テ云。汝等得勝ト。彼者此言ヲ聞テ。共ニ相謂テ曰。聖者目連与我等記。戦当得勝。羅漢ニ虚言ナシト。勇気百倍シテ陣ニ臨ム。初テ鉾ヲ交ルニ。摩竭陀ノ軍敗北ス。毗耶離ノ兵。勝ニ乗シテ。追テ殑伽河ノ岸ニ至ル。未生怨王自ラ念ス。今日此河ヲ渡ラハ。彼来テ我ヲ捕ルコト。網中ニ魚ヲ取カ如シト。速ニ軍中ニ令シ。兵ヲ廻シテ戦フ。ソノ時摩竭陀ノ軍士悲憤シテ陣ニ臨ミ。一以テ十ニ当ル。栗咕毗衆大ニ敗走シ。城ニ入リ門ヲ閉テ固ク守ル。
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孫子・用間篇五間の事は、主必ず之を知る。之を知るは必ず反間に在り、故に反間は厚くせざるべからざるなり。