孫子 / 始計篇
凡此五者,將莫不聞,知之者勝,不知者不勝。
新字:凡此五者,将莫不聞,知之者勝,不知者不勝。
書き下し
凡そ此の五者は、将は聞かざるは莫きも、之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。
現代語訳
この五つのことは、将たる者なら誰でも聞いたことがある。だが本当に理解している者が勝ち、理解していない者は勝てない。
解説
聞いたことがあるのと、身につけて使えるのとは別物だという指摘である。孫子は五事を並べたあと、わざわざこの一句を置いた。誰でも知っている当たり前のことこそ、実際に運用できているかどうかで差がつく、と釘を刺している。将莫不聞、聞いていない将はいない。つまり知識としては全員が持っている。それでも勝敗が分かれるのは、知るの中身が違うからだ。ここで言う知るは、自軍の実情を五事の観点で具体的に言えることを指すのだろう。道はどこまで共有されているか、法はどこまで機能しているか。抽象語を暗記していることではない。経営でも同じで、理念・人材・仕組みという言葉を知らない経営者はいない。差がつくのは、自社についてそれを数字と事実で言えるかどうかである。
この章句が説くこと
五事勝敗知る運用当たり前差
関連する章句
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尚書・洪範貌は恭と曰い、言は従と曰い、視は明と曰い、聴は聡と曰い、思は睿と曰う。
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『慎思録』巻之五洪範の五事も、亦各徳有り。所謂物有れば必ず則有るなり。五事も亦四勿と相表裏を為す。蓋し四勿の工夫有れば、則ち五事の徳有り。四勿と五事と、其の数同じからざる者は、何ぞや。蓋し貌と思との二者は、倶に動に属す。貌は外に動き、思は内に動くなり。
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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孫子・始計篇故に之を経るに五事を以てし、之を校ぶるに七計を以てして、其の情を索む。
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