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自警録 / 第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・思わぬところに恩人が潜んでいる

恩を説くに当たって、いわば恩の部類について一言したい。四恩なるものはなにかとか、あるいは中には五恩六恩と数える人もある。けれどもこれは我々によきことをしてくれた相手によって分けたことで、たとえば向こうの人が君だとか親であるとか、天であるとか地であるとか、友だちであるとか、あるいは従僕であるとか、それぞれ恩を施してくれた相手によりて区別したるに過ぎぬ。 受身の立場からいうたら、目上の人から受けた恩よりも、目下の者から受けた恩のほうが大きいこともある。自分の君公からお古の裃を頂戴するのは、昔では非常の恩誼とみなした。しかし自分の従僕が一命を捨て自分の難を救うほうの恩誼ははるかに重いと僕は思う。 あるいは君なるものは自分に対して常に衣食を給していて日ごろ生命の基である。ゆえにこれに報ゆるに常に生命をもってすべきものを、自分の生命を取らずにかえって裃の一組でもくれるというは、その物は僅であっても、その心は我々の期待するよりはるかに以上であるから、その重きことは日ごろ給料を与えて、自分のために忠勤を擢ずべき義務をもっている従僕が、たまたま難に遇って自分を救ったよりは、ものそのものはいかに軽くとも、君公の賜物のほうをはるかに重しとすべき議論も一通り立つから、僕とてもあながち絶対的に君公の拝領物は家来の命より軽いと一般にいう訳ではないけれども、君公だとか従僕だとか、社会的の区別をすればこそ、些細のことが大きく思えたり、重いことが軽く見えるが、自分のために宜きを計り、自分に尽す親切の行為を計れば、思わぬところに僕の恩人が潜んでいて、その人の恩誼をさらに感知しないで、見当違いの方に無闇に有難がっていることもあり得ると思う。 であるから、僕は如何なる人が、如何なるほどに、僕のために心や身を労してくれたか、つぶさに考えて、これを常に心に銘じておきたいと思うのである。

書き下し

恩を説くに当たって、いわば恩の部類について一言したい。四恩なるものはなにかとか、あるいは中には五恩六恩と数える人もある。けれどもこれは我々によきことをしてくれた相手によって分けたことで、たとえば向こうの人が君だとか親であるとか、天であるとか地であるとか、友だちであるとか、あるいは従僕であるとか、それぞれ恩を施してくれた相手によりて区別したるに過ぎぬ。 受身の立場からいうたら、目上の人から受けた恩よりも、目下の者から受けた恩のほうが大きいこともある。自分の君公からお古の裃を頂戴するのは、昔では非常の恩誼とみなした。しかし自分の従僕が一命を捨て自分の難を救うほうの恩誼ははるかに重いと僕は思う。 あるいは君なるものは自分に対して常に衣食を給していて日ごろ生命の基である。ゆえにこれに報ゆるに常に生命をもってすべきものを、自分の生命を取らずにかえって裃の一組でもくれるというは、その物は僅であっても、その心は我々の期待するよりはるかに以上であるから、その重きことは日ごろ給料を与えて、自分のために忠勤を擢ずべき義務をもっている従僕が、たまたま難に遇って自分を救ったよりは、ものそのものはいかに軽くとも、君公の賜物のほうをはるかに重しとすべき議論も一通り立つから、僕とてもあながち絶対的に君公の拝領物は家来の命より軽いと一般にいう訳ではないけれども、君公だとか従僕だとか、社会的の区別をすればこそ、些細のことが大きく思えたり、重いことが軽く見えるが、自分のために宜きを計り、自分に尽す親切の行為を計れば、思わぬところに僕の恩人が潜んでいて、その人の恩誼をさらに感知しないで、見当違いの方に無闇に有難がっていることもあり得ると思う。 であるから、僕は如何なる人が、如何なるほどに、僕のために心や身を労してくれたか、つぶさに考えて、これを常に心に銘じておきたいと思うのである。

現代語訳

恩を説くにあたって、恩の部類について、ひとこと言いたいと思います。四恩とは何か、あるいは五恩、六恩と数える人もいます。けれどもこれは、私たちによいことをしてくれた相手によって分けたものです。たとえば向こうの人が君主だとか、親だとか、天だとか、地だとか、友だちだとか、あるいは従者だとか、それぞれ恩を施してくれた相手によって区別したにすぎません。 受ける側の立場から言えば、目上の人から受けた恩よりも、目下の者から受けた恩のほうが大きいこともあります。主君からお古の裃を頂戴するのは、昔は非常な恩義とみなされました。しかし、自分の従者が一命を捨てて自分の難を救ってくれたほうの恩義は、はるかに重いと私は思います。 あるいはこう言う人もいるでしょう。君主というものは、自分に常に衣食を与えていて、日ごろ生命の基になっている。だから、これに報いるには常に生命をもってすべきなのに、君主は自分の命を取らず、かえって裃の一組でもくださる。その物は僅かでも、その心は私たちの期待するよりはるかに上である。だから、日ごろ給料を与えられ、自分のために忠勤を励む義務をもっている従者が、たまたま難にあって自分を救ったことよりも、物そのものはどれほど軽くても、君公の賜物のほうがはるかに重い、という議論も一応成り立ちます。ですから私も、君公の拝領物が家来の命より軽いと絶対的に言うわけではありません。しかし、君公だとか従者だとか、社会的な区別をするからこそ、些細なことが大きく思えたり、重いことが軽く見えたりするのです。自分のためによかれと計り、自分に尽くしてくれた親切な行為そのものを測れば、思わぬところに私の恩人が潜んでいて、その人の恩義をまったく感じないまま、見当違いの方向にむやみに有難がっていることもあり得ると思います。 ですから私は、どんな人が、どれほどに、私のために心や身を労してくれたかを、つぶさに考えて、いつも心に刻んでおきたいと思います。

解説

恩を相手の身分で分ける四恩の考え方に対し、新渡戸は、恩の重さは地位ではなく、実際に尽くしてくれた行為の大きさで測るべきだと言います。主君からのお古の裃より、従者が命がけで救ってくれたことのほうが重い、という例です。反対論として、主君の恵みのほうが重いという議論も紹介したうえで、肩書の枠が見る目を曇らせると述べます。当時の身分社会の中で、立場でなく行為を見よという提言です。現代の職場でも、評価するときに役職の高い人の貢献ばかりが目立ちがちです。陰で支える人の働きを見落としていないか、確かめたい一節です。
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この章句が説くこと

四恩恩の重さ身分従者行為そのもの心に銘じる

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