自警録 / 第十七章 実業を精神化せよ・「国家」というよりも健全なる個人思想が大切(1)
僕はくれぐれも言うが、国家のために忠君愛国の観念は貴ぶべきものにして、独り教育のみならず実業においても涵養すべきものであると思う。この観念の涵養は漫りにくりかえすことによりて目的を果たし得るものでない。これを乱用すればかえって正反対の結果を来たすを恐れる。ちょうど欧米において宗教の力の最もさかんな時には、何事についても上帝やキリストを担ぎ出して、その目的を果たそうとしたが、その結果を見るとかえって面白くないことが多かった。たとえば療法にも信仰だの加持祈祷だのを混合する。もちろん病気によってはいわゆる気の病いもあるから、心の持ちようで癒る病気もあろう。してこの類の病気には信仰が著しく功を奏したろうけれども、黴菌から起こる病いのごときに至っては、宗教が入り込んではかえって療治の邪魔になることが多い。 教育においてもそうである。僕自身は宗教なき教育は人の心髄を動かすものでないと信ずるけれども、しからばとて学校の課目に宗教を入れることは、かえって教育の目的を阻害するものと思う。と同様に実業にも国家や愛国を入れることは、(僕は非常の時を言うのではない)かえって実業の邪魔にもなり、また国家愛国の観念にも疵をつける憂いがある。
書き下し
僕はくれぐれも言うが、国家のために忠君愛国の観念は貴ぶべきものにして、独り教育のみならず実業においても涵養すべきものであると思う。この観念の涵養は漫りにくりかえすことによりて目的を果たし得るものでない。これを乱用すればかえって正反対の結果を来たすを恐れる。ちょうど欧米において宗教の力の最もさかんな時には、何事についても上帝やキリストを担ぎ出して、その目的を果たそうとしたが、その結果を見るとかえって面白くないことが多かった。たとえば療法にも信仰だの加持祈祷だのを混合する。もちろん病気によってはいわゆる気の病いもあるから、心の持ちようで癒る病気もあろう。してこの類の病気には信仰が著しく功を奏したろうけれども、黴菌から起こる病いのごときに至っては、宗教が入り込んではかえって療治の邪魔になることが多い。 教育においてもそうである。僕自身は宗教なき教育は人の心髄を動かすものでないと信ずるけれども、しからばとて学校の課目に宗教を入れることは、かえって教育の目的を阻害するものと思う。と同様に実業にも国家や愛国を入れることは、(僕は非常の時を言うのではない)かえって実業の邪魔にもなり、また国家愛国の観念にも疵をつける憂いがある。
現代語訳
くれぐれも言っておきますが、国家のために忠君愛国の観念は貴ぶべきものであり、教育だけでなく実業においても養うべきものだと私は思います。しかしこの観念を養うのは、むやみに繰り返すことで目的を果たせるものではありません。乱用すれば、かえって正反対の結果を招くのではないかと恐れます。ちょうど欧米で宗教の力がいちばん盛んだったころ、何事につけても神やキリストを担ぎ出して目的を果たそうとしましたが、その結果を見ると、かえって面白くないことが多かったのと同じです。たとえば治療に、信仰や加持祈祷を混ぜ合わせたりしました。もちろん病気のなかには、いわゆる気の病もありますから、心の持ちようで治る病気もあるでしょう。そういう病気には信仰が著しく効いたでしょうが、細菌から起こる病気になると、宗教が入り込んでは、かえって治療の邪魔になることが多いのです。 教育においても同じです。私自身は、宗教のない教育は人の心の芯を動かすものではないと信じていますが、だからといって学校の課目に宗教を入れることは、かえって教育の目的を妨げると思います。それと同様に、実業に国家や愛国を持ち込むことは(私は非常のときを言っているのではありません)、かえって実業の邪魔にもなり、国家愛国の観念にも傷をつけるおそれがあります。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・應務・人を曉すは當に是の如くなるべきか固より之をして愧ぢしむ可きに、乃ち之をして怨ましむ。固より之をして悔いしむ可きに、乃ち之をして怒らしむ。固より之をして感ぜしむ可きに、乃ち之をして恨ましむ。人を曉すは當に是の如くなるべきか。
-
『墨子』節葬下是の故に子墨子曰く、郷に吾が本と言えらく、意うに亦た其の言をして、其の謀を用いて、厚葬久喪を計るに、誠に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からんか。則ち仁なり、義なり、孝子の事なり。人の為に謀る者は、勸めざる可からざるなり。意うに亦た其の言に法り、其の謀を用いて、人の若きの厚葬久喪、實に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からざらんか。則ち仁に非ざるなり、義に非ざるなり、孝子の事に非ざるなり。人の為に謀る者は、沮まざる可からざるなり。是の故に以て國家を富まさんことを求むるも、甚だ貧を得たり。以て人民を衆くせんと欲するも、甚だ寡を得たり。以て刑政を治めんと欲するも、甚だ亂を得たり。以て大國の小國を攻むるを禁止せんことを求むるも、既已に不可なり。以て上帝鬼神の福を千めんと欲するも、又た禍を得たり。上、之を堯舜禹湯文武の道に稽うるに、政、之に逆らう。下、之を桀紂幽厲の事に稽うるに、猶お節を合わするがごとし。若し此を以て觀れば、則ち厚葬久喪は、其れ聖王の道に非ざるなり。
-
『呻吟語』外篇・治道・名利兩つながら得たり西門疆河西に尹たり、賞を以て民を勸む。道に遺羊有り、五百に値す。一人守りて待つ。失ふ者之を謝するも、受けず。疆曰く、「是れ義民なり」と。之に千を賞す。其の人喜び、他日所知に謂ひて曰く、「汝金を遺せ、我之を拾ひて以て還さん」と。所知者之に從ふ。以て疆に告げて曰く、「小人金一兩を遺し、某拾ひて之を還す」と。疆曰く、「義民なり」と。之に二金を賞す。其の人愈いよ益ます喜ぶ。曰く、「我貪なり。每に利を得れば則ち名を失ふ。今や名利兩つながら得たり。何ぞ憚りて為さざらんや」と。
-
『呻吟語』内篇・存心・才かに睡らんと說けば、便ち睡り著かず才かに睡らんと說けば、便ち睡り著かず。才かに忘れんと說けば、便ち忘れ得ず。
-
『呻吟語』外篇・治道・簿書十分の九を裁す簿書は奸を防ぐ所以なり。簿書愈いよ多くして奸愈いよ黠なるは、何ぞや。千冊萬簿、何の官か眼を經ん。左右の為に打點の門を開き、刁難の計を廣むるに過ぎず。下司の為に紙筆の孽を增し、百姓の為に需索の名を添ふ。舉世昏迷し、了に意を經ず、以て當然と為す。一たび細かに之を思へば、大笑を為す可し。識有る者は簿書十分の九を裁して上下相ひ安んじ、弊端自ら清まらん。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三肉を以て蟻を去らば蟻愈々多く、魚を以て蝿を驅らば蝿愈々至らん。