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自警録 / 第十七章 実業を精神化せよ・個人の最良なる利益はすなわち社会国家の利益

かく言ったからとて僕は憎むべき意味における個人主義を唱えるものではない。西洋にいわゆる個人主義なるものには必ずしも悪い意味が入っておらぬ。すこぶる高尚なる意味をふくましむることの出来るのは、ちょうど社会主義なる言葉の内にも必ずしもおそるべく憎むべき破壊的なる思想をふくますべきものでなく、穏な高尚な建設的なる内容を、含蓄せしむることが出来ると同じである。実業家がその業につくに、個人の利益を旨として差支えないと断言するについても、読者の曲解なきことを切に望む。 国民が各〻個人的の最良なる利益を図ったならば、その結果はおそらく社会と国家との利益になることであろう。僕はことさら最良なる利益なる文字に力をいれて言う。我利々々亡者連が他の者の事業を妨害したり、競争者を中傷したり、人身攻撃をしたり、捏造説をはいたり、その他卑劣な方法によりて得る利益は、僕のいう最良の利益とはあい反するものである。 最良の利益とは正々堂々と人の前でいって恥ずかしくないことをいうのである。この冒頭に話した米人の己れの一家のよろしきを図るごときは、人に対して何の恥ずるところもない。もしこの男にして一家の驕奢を図り、その妻には流行の先駆者たらしめ、あるいは子女をしてだらしのない娯楽に耽けらしむることをもって、己れの利益とみなしたならば、これはまさしく恥ずべきことである。しかるに己れよりは一歩進んだ人に育てあげようという目的ならば、これまさしく国家のため善良なる市民を捧げるのであるから、国家のためといわないで、確かに国家の利益を図っておる。かつまた己れの事業にして繁昌すれば、営業税も余計に収め、もって国家に対する負担も喜んで増し、また海外に輸出額がふえればこれまた国産に貢献することであるからなおまた国のためになる。

書き下し

かく言ったからとて僕は憎むべき意味における個人主義を唱えるものではない。西洋にいわゆる個人主義なるものには必ずしも悪い意味が入っておらぬ。すこぶる高尚なる意味をふくましむることの出来るのは、ちょうど社会主義なる言葉の内にも必ずしもおそるべく憎むべき破壊的なる思想をふくますべきものでなく、穏な高尚な建設的なる内容を、含蓄せしむることが出来ると同じである。実業家がその業につくに、個人の利益を旨として差支えないと断言するについても、読者の曲解なきことを切に望む。 国民が各〻個人的の最良なる利益を図ったならば、その結果はおそらく社会と国家との利益になることであろう。僕はことさら最良なる利益なる文字に力をいれて言う。我利々々亡者連が他の者の事業を妨害したり、競争者を中傷したり、人身攻撃をしたり、捏造説をはいたり、その他卑劣な方法によりて得る利益は、僕のいう最良の利益とはあい反するものである。 最良の利益とは正々堂々と人の前でいって恥ずかしくないことをいうのである。この冒頭に話した米人の己れの一家のよろしきを図るごときは、人に対して何の恥ずるところもない。もしこの男にして一家の驕奢を図り、その妻には流行の先駆者たらしめ、あるいは子女をしてだらしのない娯楽に耽けらしむることをもって、己れの利益とみなしたならば、これはまさしく恥ずべきことである。しかるに己れよりは一歩進んだ人に育てあげようという目的ならば、これまさしく国家のため善良なる市民を捧げるのであるから、国家のためといわないで、確かに国家の利益を図っておる。かつまた己れの事業にして繁昌すれば、営業税も余計に収め、もって国家に対する負担も喜んで増し、また海外に輸出額がふえればこれまた国産に貢献することであるからなおまた国のためになる。

現代語訳

こう言ったからといって、私は憎むべき意味での個人主義を唱えるわけではない。西洋でいわゆる個人主義には、必ずしも悪い意味が入っているわけではない。きわめて高尚な意味を含ませることができるのは、ちょうど社会主義という言葉のなかにも、必ずしも恐れ憎むべき破壊的な思想を含ませるものでなく、穏やかで高尚な建設的な内容を含ませることができるのと同じである。実業家がその業に就くにあたって、個人の利益を第一にして差し支えないと断言することについても、読者に曲解のないことを切に望む。 国民がそれぞれ個人としての最良の利益を図ったなら、その結果は、おそらく社会と国家の利益になるだろう。私はことさらに最良の利益という文字に力を入れて言う。我利我利亡者が他人の事業を妨害したり、競争相手を中傷したり、人身攻撃をしたり、でっちあげの説を吐いたり、そのほか卑劣な方法によって得る利益は、私の言う最良の利益とは相反するものである。 最良の利益とは、堂々と人の前で言っても恥ずかしくないことをいうのである。この冒頭に話したアメリカ人が、自分の一家がよくなるように図るのは、人に対して何も恥じるところがない。もしこの男が、一家の贅沢を図り、その妻を流行の先駆者にし、あるいは子女にだらしのない娯楽にふけらせることを自分の利益とみなしたなら、これはまさに恥ずべきことである。ところが、自分よりも一歩進んだ人に育て上げようという目的ならば、これはまさに国家のために善良な市民を捧げるのであるから、国家のためと言わないで、確かに国家の利益を図っている。しかも、自分の事業が繁盛すれば営業税も多く納め、それによって国家に対する負担も喜んで増やし、また海外への輸出額が増えれば、これまた国産に貢献することだから、なおさら国のためになる。

解説

新渡戸は、個人の利益を第一にしてよいと言ったあとで、憎むべき個人主義ではないと断ります。強調するのは最良の利益で、他人の事業の妨害や中傷など卑劣な手段で得る利益は含まれない。基準は、人前で堂々と言って恥ずかしくないか、です。社長が子を自分より一歩進んだ市民に育てようとするのは、国家のためと言わずして国家の利益になる、と結びます。利益追求の線引きを、公に語れるかという一点に置く発想は、現代の企業倫理にもそのまま使えます。
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この章句が説くこと

最良の利益個人主義恥ずかしくない善良な市民営業税公言

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