自警録 / 第十七章 実業を精神化せよ・米国実業家の人生観(1)
かつて米国フィラデルフィアにいたころ、資本額二百万円ばかりの中ぐらいな合資会社の社長をしておる四十五、六歳の男と親しく話をする機会があって、いわゆる拝金国の米国の実業家にもかくのごとき考えの者があるか、否一歩進めてこの国の実業家の中に少しく品のよい者は、こういう考えで世を渡る者かと、つくづく感じたことがある。その談話の要領は彼の言葉のままに挙げれば、 「二十年以来の知人のことであるから、君もいくらか察しられているだろうが、僕は大学の教育も受けず、幼少の時から会社に入って、今日までで三十ヵ年にもなる。その間、社務にあくせくしているのと、かつ視力の許さぬがために読書もできず、また美術の趣味を涵養することもなく、すこぶる乾燥無味な人間になり果てて、朝から晩まで事業々々とばかり心がけて年を送った。その代りには僕が社長になってからわずか五、六年にしかならんけれども、事業の発展についてはいくらか見るべきところもある。今は四ヵ所に工場も起こし、販売係は諸所に出張さしており、配当もこの国においてはまず相当と思うだけのこともして、有難いことにはこの市内の銀行ならば僕の手紙でいくらでも金を出してくれるだけになっている。
書き下し
かつて米国フィラデルフィアにいたころ、資本額二百万円ばかりの中ぐらいな合資会社の社長をしておる四十五、六歳の男と親しく話をする機会があって、いわゆる拝金国の米国の実業家にもかくのごとき考えの者があるか、否一歩進めてこの国の実業家の中に少しく品のよい者は、こういう考えで世を渡る者かと、つくづく感じたことがある。その談話の要領は彼の言葉のままに挙げれば、 「二十年以来の知人のことであるから、君もいくらか察しられているだろうが、僕は大学の教育も受けず、幼少の時から会社に入って、今日までで三十ヵ年にもなる。その間、社務にあくせくしているのと、かつ視力の許さぬがために読書もできず、また美術の趣味を涵養することもなく、すこぶる乾燥無味な人間になり果てて、朝から晩まで事業々々とばかり心がけて年を送った。その代りには僕が社長になってからわずか五、六年にしかならんけれども、事業の発展についてはいくらか見るべきところもある。今は四ヵ所に工場も起こし、販売係は諸所に出張さしており、配当もこの国においてはまず相当と思うだけのこともして、有難いことにはこの市内の銀行ならば僕の手紙でいくらでも金を出してくれるだけになっている。
現代語訳
かつて、アメリカのフィラデルフィアにいたころ、資本額二百万円ばかりの中規模の合資会社の社長をしている、四十五、六歳の男と親しく話す機会があり、いわゆる拝金国のアメリカの実業家にも、このような考えの者がいるのか、いや一歩進めて、この国の実業家のうち少し品のよい者は、こういう考えで世を渡っているのかと、つくづく感じたことがある。その談話の要点を彼の言葉のままに挙げれば、 「二十年来の知人のことだから、君もいくらか察してくれているだろうが、僕は大学の教育も受けず、幼いころから会社に入って、今日までで三十年にもなる。その間、社務に追われているのと、視力が許さないために読書もできず、また美術の趣味を養うこともなく、すこぶる乾燥した無味な人間になりきって、朝から晩まで事業事業とばかり心がけて年を送った。その代わり、僕が社長になってからわずか五、六年にしかならないけれども、事業の発展にはいくらか見るべきところがある。今は四か所に工場を起こし、販売係は各地に出張させており、配当もこの国では相応と思うだけのことはして、ありがたいことには、この市内の銀行なら、僕の手紙でいくらでも金を出してくれるまでになっている。
解説

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