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自警録 / 第十四章 報酬以上の務め・報酬を求むる手段としての務

僕の知れる某貴夫人はすこぶる高潔なる家庭に人となり、貞淑をもって称せられているが、あるとき僕に、 「世間の人は芸妓をたいそう卑しみ、悪く言いますが、私は芸妓よりも卑しいものが、今の貴夫人に多くあるかと思います。芸妓はお世辞を売品とし、彼方此方に振りまき、柔しいことをいうて、その報酬にポチを貰おうとするが、彼らは明さまにこれをその職業に表していることゆえ、さらに驚くに足りません。欺される人は、招牌見ないで店に飛び込むようなもので、商品が違っていたら、それは自分が悪かったのであります。貴夫人などは貞操を招牌にかけ、むろんポチだの報酬だのを夫より受くべきはずはないが、しかし随分それを強請ろうと思い、衣服を買って貰いたいがために、心にもないことを夫に述べて目的を遂げる人があります。この点にいたっては芸妓よりも多く人を欺くもので、神仏の目より見たら、恐らくは芸妓よりはるかに劣ったものと思われましょう」 といわれたが、なになにの報酬を得るがために、事を為すくらい卑しいことはない。貴夫人と言い、学校の教師と言い、はたまた会社員でも官吏でも、月給を得んがために、礼を貰わんがために、ボーナスに与からんがために、その他なんらかのためにする手段として職務に従事することは、絶対的に悪いとまで行かずとも、決してこれで足るものとは思われぬ。世の中は聖人君子の集会でない、否、十人中九人までは小人である。与うるに利をもってするは道徳上非難すべきも、実際世の中を渡るには止むを得ざることとして、互いにその積りで無言の約束を結んだも同然であれば、あながちそれだけを非難すべきでないが、しかしある職務にあるものは、それ以上の事をなす心得を常に持ちたい。

書き下し

僕の知れる某貴夫人はすこぶる高潔なる家庭に人となり、貞淑をもって称せられているが、あるとき僕に、 「世間の人は芸妓をたいそう卑しみ、悪く言いますが、私は芸妓よりも卑しいものが、今の貴夫人に多くあるかと思います。芸妓はお世辞を売品とし、彼方此方に振りまき、柔しいことをいうて、その報酬にポチを貰おうとするが、彼らは明さまにこれをその職業に表していることゆえ、さらに驚くに足りません。欺される人は、招牌見ないで店に飛び込むようなもので、商品が違っていたら、それは自分が悪かったのであります。貴夫人などは貞操を招牌にかけ、むろんポチだの報酬だのを夫より受くべきはずはないが、しかし随分それを強請ろうと思い、衣服を買って貰いたいがために、心にもないことを夫に述べて目的を遂げる人があります。この点にいたっては芸妓よりも多く人を欺くもので、神仏の目より見たら、恐らくは芸妓よりはるかに劣ったものと思われましょう」 といわれたが、なになにの報酬を得るがために、事を為すくらい卑しいことはない。貴夫人と言い、学校の教師と言い、はたまた会社員でも官吏でも、月給を得んがために、礼を貰わんがために、ボーナスに与からんがために、その他なんらかのためにする手段として職務に従事することは、絶対的に悪いとまで行かずとも、決してこれで足るものとは思われぬ。世の中は聖人君子の集会でない、否、十人中九人までは小人である。与うるに利をもってするは道徳上非難すべきも、実際世の中を渡るには止むを得ざることとして、互いにその積りで無言の約束を結んだも同然であれば、あながちそれだけを非難すべきでないが、しかしある職務にあるものは、それ以上の事をなす心得を常に持ちたい。

現代語訳

私の知っているある貴婦人は、とても品の高い家庭に育ち、貞淑で知られた人ですが、あるとき私にこう言いました。 「世間の人は芸妓をたいそう卑しんで悪く言いますが、私は、芸妓よりも卑しい人が、今の貴婦人にはたくさんいるのではないかと思います。芸妓はお世辞を商品にして、あちこちに愛想を振りまき、優しいことを言って、その報酬にご祝儀をもらおうとします。けれども、彼女たちはそれをはっきり職業として掲げているのですから、少しも驚くには当たりません。だまされる人は、看板を見ないで店に飛び込むようなもので、商品が違っていたら、それは自分が悪いのです。貴婦人たちは貞操を看板に掲げ、もちろんご祝儀や報酬を夫から受け取るべきはずはないのですが、それでもずいぶんとそれをねだろうとし、着物を買ってもらいたいがために、心にもないことを夫に言って目的を遂げる人がいます。この点では芸妓よりも多く人をだますもので、神仏の目から見たら、おそらく芸妓よりはるかに劣ったものと思われるでしょう」 と言われたが、何かの報酬を得るために事をなすほど卑しいことはない。貴婦人といい、学校の教師といい、また会社員でも官吏でも、月給を得るために、礼をもらうために、ボーナスにあずかるために、そのほか何かの目当てのための手段として職務に従事することは、絶対に悪いとまでは言わないにしても、決してそれで十分だとは思えない。世の中は聖人君子の集まりではない。いや、十人のうち九人までは凡人である。利益で報いることは道徳の上では非難すべきことだが、実際に世を渡るにはやむを得ないこととして、互いにそのつもりで暗黙の約束を結んでいるようなものだから、それだけを一概に非難すべきではない。しかし、ある職務に就いている者は、それ以上のことをする心構えを常に持ちたいものだ。

解説

新渡戸はまず、報酬を目当てに動く姿を、ある貴婦人の辛辣な言葉を借りて示します。芸妓の愛想と夫へのおねだりを同列に並べる比喩は、当時の身分や性別への見方を映していますが、核心は、見返りだけが動機になった仕事は卑しいという点です。同時に新渡戸は、世の大半は凡人で、利で動かすのも暗黙の約束だと認めます。そのうえで、報酬の枠を超える心構えを持てと説きます。給与と評価だけで動く職場でも、最低限をこなすことと、それ以上を引き受ける心持ちとは別物だという問いがここから立ち上がります。
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この章句が説くこと

報酬卑しさ職務暗黙の約束凡人心構え

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