三略 / 上略
軍讖曰:軍無財,士不來。軍無賞;士不往。
新字:軍讖曰:軍無財,士不来。軍無賞;士不往。
書き下し
軍讖に曰く、軍に財無ければ、士来たらず。軍に賞無ければ、士往かず、と。
現代語訳
軍讖にこうある。軍に財がなければ、人は集まってこない。軍に賞がなければ、人は進んで戦いに向かわない、と。
解説
きわめて短く、しかし身も蓋もないほど現実的な一段です。財がなければ人は来ない。賞がなければ人は動かない。理念や大義を語る三略が、同時にこれほど率直に経済的動機を認めているところに、この書の実践性があります。人は志だけでは集まりませんし、志だけでは働き続けられません。生活と報酬という現実の土台があってこそ、その上に義や忠が乗るのです。現代の経営でも、この順序を軽んじる組織は少なくありません。理念やビジョンを熱く語る一方で、待遇が業界水準を下回っていれば、共感してくれた人ほど早く去っていきます。逆に、報酬だけを積み上げても人は根づきません。前後の段が礼や恩を説いているのは、財と賞が必要条件であって十分条件ではないからです。まず生活を保証する。そのうえで意味と敬意を与える。この二段構えを崩さないことが、人が集まり続ける組織の基本です。
この章句が説くこと
報酬賞人材確保現実的な動機づけ
関連する章句
-
『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀にして知り、能く人に禍いを為すと為すか」と。子墨子の門に游ぶ者有り、身體强良、思慮狥通なり。隨いて學ばしめんと欲す。子墨子曰く、「姑く學べ。吾れ将に子を仕えしめん」と。善言に勸められて學ぶ。其の年にして、仕えんことを子墨子に責む。子曰く、「子を仕えしめず。子も亦た夫の魯の語を聞かんか。昆弟五人なる者有り。其の父死して、其の長子、酒を嗜みて葬らず。其の四弟曰く、『子、我と葬らば、當に子の為に酒を沽うべし』と。善言に勸められて葬る。已に葬りて、酒を其の四弟に責む。四弟曰く、『吾れ未だ子に酒を予えず。子は子の父を葬り、我れは吾が父を葬る。豈に獨り吾が父ならんや。子、葬らずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に葬るを勸めしなり』と。今、子は義を為し、我も亦た義を為す。豈に獨り我が義ならんや。子、學ばずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に學を勸めしなり」と。
-
『講孟余話』滕文公下 第四章「志を食ましむるに非ず、功を食ましむるなり」。此の章の論此の二句にあり、而して食功の二字に帰す。其の論明白、復た弁を待たず。唯だ君の臣を養ひ、民の上に奉ずる、既に皆功に食ましむる為めなれば、是れに酬ゆる者将た如何すべき。日々三度の箸を把る毎に、此の食の徒食すべからざるを思ひ、又衣服に付きても居処に付きても器用に付きても、皆此の物徒らに着るべからず、徒らに居るべからず、徒らに用ふべからざるを思はば、豈放辟邪侈の念を生ぜんや。
-
『甲陽軍鑑』品第十二其のごとくなる家中にては老衆·出頭衆又かせ者·小者迄意地きたなくなり、人をぬかんと存するに付、主は被官に物も給はらずしてつかはんと思ひ、被官は主に忠節·忠功·番·普請·供·使の奉公もせずして、偽をもつて扶持給を取らんと思ふ故、かせ者小者給を取ため引こみ候間、奉公人多く塩肴など売商人に成ものなり、能き大将の下にては町人も奉公人に成たがるといへども、諸侍町人をつかはす、又百姓は意地すねたる物にて、奉公しても後は覚の者に成こと多し、町人はかざる者なれば武士には成兼申候、
-
『春秋左氏伝』襄公二十三年 斐豹、丹書を焚かしむ鞅の父と二三子とは君の所に在り。鞅をして吾子を逆へしむ。鞅請ふ、驂乘して帶を持たん」と。遂に超乘し、右に劍を撫し、左に帶を援き、命じて驅りて之を出さしむ。僕請ふ。鞅曰く、「公に之け」と。宣子諸を階に逆へ、其の手を執り、之に賂ふに曲沃を以ってす。初め、斐豹は隸なり、丹書に著さる。欒氏の力臣を督戎と曰ふ。國人之を懼る。斐豹宣子に謂ひて曰く、「苟くも丹書を焚かば、我督戎を殺さん」と。宣子喜びて曰く、「而(なんぢ)之を殺さば、君に請ひて丹書を焚かざる所の者は、日の如き有らん」と。乃ち豹を出して之を閉づ。督戎之に從ふ。豹隱を踰えて之を待つ。督戎踰えて入る。豹後より擊ちて之を殺す。范氏の徒臺の後に在り。欒氏公門に乘る。宣子鞅に謂ひて曰く、「矢君の屋に及ばば、之に死せよ」と。鞅劍を用ゐて以って卒を帥ゐる。欒氏退く。車を攝りて之に從ふ。欒樂に遇ひて曰く、「樂免れよ。死せば將に女を天に訟へんとす」と。樂之を射て中らず。又注げば則ち槐の本に乘りて覆る。或ひと戟を以って之を鉤し、肘を斷ちて死す。欒魴傷つく。欒盈曲沃に奔る。晉人之を圍む。
-
『武士道』第十章 武士の教育・精神上の勤労は価無きに非ず今や何等の勤労に酬うるにも、一に金銭を以てするが如き風は、武士道を遵奉する者の間に、かつて行はれしこと無かりき。武士道は、金を獲ず、又た価を受けずして、始めて他に尽すことを得るの務あるを信じたり。乃ち僧侶にもせよ、教師にもせよ、其精神上の勤労は、価無きに非らず、却つて価の量るべからざるが故に、金銭を以て之に報ずるを得べきものに非らずとしたり。是に由りて之を見れば、算数的ならざる武士道の名誉の本能は、近世の経済学に超越して、真理の教訓を与へたるものなりと謂ひつべし。けだし賃銭俸給の如きは、勤労任務の結果の、明かに見るを得べく、量るを得べきものにのみ対して、之を払ふて大差なかるべしと雖、教育に奉ずる最美の勤労、即ち人の霊性の啓発に裨補する任務の如きに至りては、其量のもとより瞭かならざるを以て、ひとり之を認むる能はざるのみならず、又た之を数ふるを得ず。
-
孟子・公孫丑章句下孟子、齊を去り、休に居る。公孫丑、問いて曰く、「仕えて祿を受けざるは、古の道か。」曰く、「非なり。崇に於いて、吾、王に見ゆるを得たり。退いて去る志有り。變ずるを欲せず。故に受けざるなり。繼いで師命有り。以て請う可からず。齊に久しきは、我が志に非ざるなり。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る