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自警録 / 第十四章 報酬以上の務め・報瓊の志(2)

極く冷淡に事務に従事する人でも、親切に愛嬌または好意を持つと持たぬので自らその務めの捗りも違う。まして近ごろ多くの人が従事する仕事には心尽しの温味があって、始めて完美するものである。してこの好意だの温味だのという部分は、いわば人間の霊魂の一部であって、金銭で酬いるわけに行かぬ。すなわち僕のいう報酬を受けない務めがあって、始めて自分の得つつある報酬に値するものと思う。 とかく献身とか犠牲とかいうと、いかにも高尚に聞こえ、とても我々凡人の及ぶところでないように思われるが、この高尚なる心も我が物となすことができると思う。してその実行はここに述べた俸給以上の働きをするにある。五十円取る人が七十円の仕事を遂ぐれば、二十円は俸給以上の働きである。これを換言して説明すれば、七十円の働きある人が二十円だけ犠牲にし、すなわち二十円ほど献身的に尽したのである。 ただ、「己れを捨つるには、その疑いを処するなかれ。その疑いを処すればすなわち捨を用うるの志多く愧ず。人に施すにはその報を責むるなかれ。その報を責むれば、施すところの心を併せて、ともに非なり」。

書き下し

極く冷淡に事務に従事する人でも、親切に愛嬌または好意を持つと持たぬので自らその務めの捗りも違う。まして近ごろ多くの人が従事する仕事には心尽しの温味があって、始めて完美するものである。してこの好意だの温味だのという部分は、いわば人間の霊魂の一部であって、金銭で酬いるわけに行かぬ。すなわち僕のいう報酬を受けない務めがあって、始めて自分の得つつある報酬に値するものと思う。 とかく献身とか犠牲とかいうと、いかにも高尚に聞こえ、とても我々凡人の及ぶところでないように思われるが、この高尚なる心も我が物となすことができると思う。してその実行はここに述べた俸給以上の働きをするにある。五十円取る人が七十円の仕事を遂ぐれば、二十円は俸給以上の働きである。これを換言して説明すれば、七十円の働きある人が二十円だけ犠牲にし、すなわち二十円ほど献身的に尽したのである。 ただ、「己れを捨つるには、その疑いを処するなかれ。その疑いを処すればすなわち捨を用うるの志多く愧ず。人に施すにはその報を責むるなかれ。その報を責むれば、施すところの心を併せて、ともに非なり」。

現代語訳

きわめて冷淡に事務に従事する人でも、親切に愛想や好意をもって当たるか、そうでないかで、おのずから務めのはかどり方も違います。まして近ごろ多くの人が従事する仕事には、心尽くしの温かみがあって、はじめて完全になるものです。そして、この好意や温かみといった部分は、いわば人間の霊魂の一部であって、金銭で報いるわけにはいきません。つまり、私のいう報酬を受けない務めがあって、はじめて自分が得ている報酬に値すると思います。 とかく献身とか犠牲とかいうと、いかにも高尚に聞こえ、とても私たち凡人の及ぶところではないように思われますが、この高尚な心も自分のものにすることができると思います。そしてその実行は、ここに述べた俸給以上の働きをすることにあります。五十円取る人が七十円の仕事を成し遂げれば、二十円は俸給以上の働きです。これを言い換えて説明すれば、七十円の働きのある人が二十円ぶんを犠牲にし、つまり二十円ほど献身的に尽くしたのです。 ただ、次の言葉もあります。 「自分を捨てるには、その疑いを抱いてはならない。疑いを抱けば、捨てようとする志にかえって恥が多くなる。人に施すには、その見返りを求めてはならない。見返りを求めれば、施した心までもともに誤りとなる」。

解説

事務的な仕事でも、好意や愛想があるかどうかで進み方は変わり、その温かみは霊魂の一部で、金銭では報いられない、と新渡戸は言います。報酬を受けない務めがあって、はじめて報酬に値するというのです。献身や犠牲も遠い理想ではなく、五十円の人が七十円の仕事をすれば、二十円分の献身になるという数字の置き換えが具体的です。結びは『菜根譚』にも見える、見返りを求めない施しの戒めです。現代の職場でも、評価に関係しない気配りが信頼を生みます。
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この章句が説くこと

好意温かみ霊魂の一部献身犠牲見返り

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