孔子家語 / 郊問
公曰:「其言郊,何也?」孔子曰:「兆丘於南,所以就陽位也。於郊,故謂之郊焉。」曰:「其牲器何如?」孔子曰:「上帝之牛角璽栗,必在滌三月。后稷之牛唯具,所以別事天神與人鬼也。牲用骍,尚赤也。用犢,貴誠也。掃地而祭於其質也,器用陶匏,以象天地之性也,萬物無可稱之者,故因其自然之體也。」
新字:公曰:「其言郊,何也?」孔子曰:「兆丘於南,所以就陽位也。於郊,故謂之郊焉。」曰:「其牲器何如?」孔子曰:「上帝之牛角璽栗,必在滌三月。后稷之牛唯具,所以別事天神与人鬼也。牲用骍,尚赤也。用犢,貴誠也。掃地而祭於其質也,器用陶匏,以象天地之性也,万物無可称之者,故因其自然之体也。」
書き下し
公曰わく:「其れ郊と言うは、何ぞや。」孔子曰わく:「丘を南に兆すは、陽位に就く所以なり。郊に於てす、故に之を郊と謂う。」曰わく:「其の牲器は何如。」孔子曰わく:「上帝の牛は角璽栗にして、必ず滌に在ること三月。后稷の牛は唯だ具うるのみ、天神と人鬼とに事うるを別つ所以なり。牲は骍を用う、赤を尚べばなり。犢を用うるは、誠を貴べばなり。地を掃いて祭るは其の質なり。器は陶匏を用う、天地の性に象る以てなり。萬物之に稱う可き者無し、故に其の自然の體に因るなり。」
現代語訳
定公は言った。「郊祀と言うのはなぜですか。」孔子は答えた。「祭壇の丘を都の南に築くのは、陽の位置につくためです。郊外で行うので、これを『郊』と呼ぶのです。」定公は言った。「そこで用いる犠牲や祭器はどのようなものですか。」孔子は答えた。「上帝に捧げる牛は角が繭や栗の実ほどの若い牛で、必ず三か月間清めの場に置きます。后稷(始祖)に捧げる牛はただ角が生え揃っていればよく、これは天の神と人の祖霊とに仕える違いを区別するためです。犠牲には赤毛の牛を用います。赤い色を尊ぶからです。子牛を用いるのは、まだ穢れのない純粋さを尊ぶからです。地面を掃き清めただけの場所で祭るのは、質朴さを本質とするからです。祭器には素焼きの陶器や瓢箪を用います。これは天地の飾り気のない本性に象るためです。万物の中にこれに相応しいと言えるものはないので、その自然のままの姿によるのです。」
解説

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