自警録 / 第十四章 報酬以上の務め・職業に当たる人の三段の区別
元来いかなる職業にありても、これに当たる人に三段の区別がある。報酬だけの仕事をせぬすなわち曠職の人。次は報酬に値するだけの務めする人、いくら気づいたことがあっても、それ以上のことを為さず、また気づかずに馬車馬的に自分の命ぜられたこと以上には出来ぬ人。第三は報酬以上のことを為す人である。しかるに世の中を渡るには、報酬以上の仕事を為す心がけがなければ、報酬だけの仕事は出来ぬと思う。すなわち金を払っても出来ないくらいの仕事を為すものにあらざれば、払った金も多過ぎるように思う。 たとえばここにある会社の社長が、新たに五十円の給料で一人の書記を雇ったとする。この書記の給料は五十円が相当とは何人が定めるか、いかなる標準によりて決せられるか、いかにしてこの人の職務が五十円と定められるかと尋ねれば、その標準ははなはだ漠として当てにならぬ。なんとなれば同級生が若干で某所に務めているから若干というのが普通の標準であって、個人々々の特長の有無のごとき問題は計算に入れぬ。経済学者に言わすれば、これ需要供給の然らしむるところと、大雑把に一言で解決するであろうが、これを個人々々の場合に当て嵌めると、人の問題は死んだ物件の需要供給とは大いに異う。 苟くも人格を有するものには、経済学の教える労銀論は決して当を得たとはいわれぬことが多い。ことに使われる人は、その不当なることを適切に感ずるから、世の中の不満は多くこの点より起こる。 「僕は彼と同じく見られて困る」 とか、 「彼らの仲間と同等視されては迷惑である」 とかいうことはしばしば聞くところである。 また自分の長所はいっそうこれを過大に吹聴したがるものがある。自分の学力は某と同じであるが、自分の字は子供のときより妙に褒められたといって筆蹟を誇り、あるいは自分の交際術においては、彼らに比べられては困る、硬骨なる点においては彼らに負けぬ、従順なる点においては決して彼らに劣らぬと、各自がその特長とするところをいっそう多く吹聴し、したがって高値に他に売らんとする考えがある。
新字:元来いかなる職業にありても、これに当たる人に三段の区別がある。報酬だけの仕事をせぬすなわち曠職の人。次は報酬に値するだけの務めする人、いくら気づいたことがあっても、それ以上のことを為さず、また気づかずに馬車馬的に自分の命ぜられたこと以上には出来ぬ人。第三は報酬以上のことを為す人である。しかるに世の中を渡るには、報酬以上の仕事を為す心がけがなければ、報酬だけの仕事は出来ぬと思う。すなわち金を払っても出来ないくらいの仕事を為すものにあらざれば、払った金も多過ぎるように思う。 たとえばここにある会社の社長が、新たに五十円の給料で一人の書記を雇ったとする。この書記の給料は五十円が相当とは何人が定めるか、いかなる標準によりて決せられるか、いかにしてこの人の職務が五十円と定められるかと尋ねれば、その標準ははなはだ漠として当てにならぬ。なんとなれば同級生が若干で某所に務めているから若干というのが普通の標準であって、個人々々の特長の有無のごとき問題は計算に入れぬ。経済学者に言わすれば、これ需要供給の然らしむるところと、大雑把に一言で解決するであろうが、これを個人々々の場合に当て嵌めると、人の問題は死んだ物件の需要供給とは大いに異う。 苟くも人格を有するものには、経済学の教える労銀論は決して当を得たとはいわれぬことが多い。ことに使われる人は、その不当なることを適切に感ずるから、世の中の不満は多くこの点より起こる。 「僕は彼と同じく見られて困る」 とか、 「彼らの仲間と同等視されては迷惑である」 とかいうことはしばしば聞くところである。 また自分の長所はいっそうこれを過大に吹聴したがるものがある。自分の学力は某と同じであるが、自分の字は子供のときより妙に褒められたといって筆跡を誇り、あるいは自分の交際術においては、彼らに比べられては困る、硬骨なる点においては彼らに負けぬ、従順なる点においては決して彼らに劣らぬと、各自がその特長とするところをいっそう多く吹聴し、したがって高値に他に売らんとする考えがある。
書き下し
元来いかなる職業にありても、これに当たる人に三段の区別がある。報酬だけの仕事をせぬすなわち曠職の人。次は報酬に値するだけの務めする人、いくら気づいたことがあっても、それ以上のことを為さず、また気づかずに馬車馬的に自分の命ぜられたこと以上には出来ぬ人。第三は報酬以上のことを為す人である。しかるに世の中を渡るには、報酬以上の仕事を為す心がけがなければ、報酬だけの仕事は出来ぬと思う。すなわち金を払っても出来ないくらいの仕事を為すものにあらざれば、払った金も多過ぎるように思う。 たとえばここにある会社の社長が、新たに五十円の給料で一人の書記を雇ったとする。この書記の給料は五十円が相当とは何人が定めるか、いかなる標準によりて決せられるか、いかにしてこの人の職務が五十円と定められるかと尋ねれば、その標準ははなはだ漠として当てにならぬ。なんとなれば同級生が若干で某所に務めているから若干というのが普通の標準であって、個人々々の特長の有無のごとき問題は計算に入れぬ。経済学者に言わすれば、これ需要供給の然らしむるところと、大雑把に一言で解決するであろうが、これを個人々々の場合に当て嵌めると、人の問題は死んだ物件の需要供給とは大いに異う。 苟くも人格を有するものには、経済学の教える労銀論は決して当を得たとはいわれぬことが多い。ことに使われる人は、その不当なることを適切に感ずるから、世の中の不満は多くこの点より起こる。 「僕は彼と同じく見られて困る」 とか、 「彼らの仲間と同等視されては迷惑である」 とかいうことはしばしば聞くところである。 また自分の長所はいっそうこれを過大に吹聴したがるものがある。自分の学力は某と同じであるが、自分の字は子供のときより妙に褒められたといって筆蹟を誇り、あるいは自分の交際術においては、彼らに比べられては困る、硬骨なる点においては彼らに負けぬ、従順なる点においては決して彼らに劣らぬと、各自がその特長とするところをいっそう多く吹聴し、したがって高値に他に売らんとする考えがある。
現代語訳
もともとどんな職業でも、これに当たる人には三段の区別があります。報酬だけの仕事もしない、つまり職務を怠る人。次は報酬に見合うだけの務めをする人で、いくら気づいたことがあってもそれ以上のことはせず、また気づかずに、馬車馬のように命じられたこと以上はできない人。第三は報酬以上のことをする人です。ところが世の中を渡るには、報酬以上の仕事をする心がけがなければ、報酬だけの仕事もできないと思います。つまり、金を払ってもできないくらいの仕事をする者でなければ、払った金も多すぎるように思います。 たとえば、ある会社の社長が、新たに五十円の給料で一人の書記を雇ったとします。この書記の給料は五十円が相当だと、誰が決めるのか、どんな基準で決まるのか、どうしてこの人の職務が五十円と定められるのかと尋ねれば、その基準ははなはだ漠然として当てになりません。なぜなら、同級生がいくらでどこそこに勤めているから、いくらというのが普通の基準で、個人個人の特長の有無のような問題は計算に入れないからです。経済学者に言わせれば、これは需要供給の関係がそうさせるのだと、大雑把にひとことで片づけるでしょうが、これを個人個人の場合に当てはめると、人の問題は、死んだ物件の需要供給とは大いに違います。 いやしくも人格をもつものには、経済学の教える労銀論は、決して当を得たものとはいえないことが多いのです。とくに使われる人は、その不当なことを切実に感じるので、世の中の不満の多くはこの点から起こります。 「私は彼と同じに見られては困る」 とか、 「あの連中と同等に扱われては迷惑だ」 とかいうのは、しばしば聞くところです。 また、自分の長所をいっそう大げさに吹聴したがる者もいます。自分の学力は誰それと同じだが、字は子どものころから妙に褒められたといって筆跡を誇り、あるいは自分の交際術では、彼らと比べられては困る、硬骨な点では彼らに負けない、従順な点では決して彼らに劣らないと、それぞれが自分の特長とするところをいっそう多く吹聴し、したがって高値で他に売ろうという考えがあります。
解説

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