呻吟語 / 内篇・修身・至人は世と礙らず
只見得眼前都不可意,便是個礙世之人。人不可我意,我必不可人意。不可人意者我一人,不可我意者千萬人。嗚呼!未有不可千萬人意而不危者也。是故智者能與世宜,至人不與世礙。
新字:只見得眼前都不可意,便是個礙世之人。人不可我意,我必不可人意。不可人意者我一人,不可我意者千万人。嗚呼!未有不可千万人意而不危者也。是故智者能与世宜,至人不与世礙。
書き下し
只だ眼前都て意に可ならざるを見得るは、便ち是れ個の礙世の人なり。人我が意に可ならずんば、我必ず人の意に可ならず。人の意に可ならざる者は我一人、我が意に可ならざる者は千萬人なり。嗚呼、未だ千萬人の意に可ならずして危ふからざる者有らざるなり。是の故に智者は能く世と宜しく、至人は世と礙らず。
現代語訳
目の前のすべてが気に入らないと見えるなら、それは世に引っかかっている人です。人が自分の意に沿わないなら、自分も必ず人の意に沿っていません。人の意に沿わない者はこちら一人で、こちらの意に沿わない者は千万人です。ああ、千万人の意に沿わずに危うくならなかった者はいません。だから智者は世とうまく折り合い、至人は世と引っかかりません。
解説
気に入らないという感覚を、数の問題に置き換えます。こちらが不満を持つ相手は千万人いるが、こちらを不満に思う側から見ればこちらは一人。この非対称に気づけば、勝ち目の無さが見えます。前に出てきた、行く先々で受け入れられないなら自分のせいだという段と同じ筋です。折り合うのが智者、引っかからないのが至人と、二段に分けて置いているところも見どころです。
この章句が説くこと
不満折り合い数対人危うさ
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