自警録 / 第十四章 報酬以上の務め・余のために轎を担いだ壮丁の好意
中国式の轎は不潔ではあるが、読書することもできれば、眠ることもできて、僕には最も都合よいが、轎夫のがやがや騒ぐために大いに楽しみの程度を低められる。ことに天気が不良の場合に、轎夫が絶対に働かないで、途中に轎を置き去りすることがある。これは独り台湾においてのみならず、朝鮮にもあると聞くが、その不快と心細さといったらない。 しかるに数年前、僕は台湾旅行の際同じ場合に逢って、行くにも帰るにも動きのつかなかったことがある。警官に依頼し轎夫の雇入を命令的に誘導的に周旋してもらったが、しばしは一人の応ずるものもなく、雨曝しになって進退谷まった。この時、村の青年が三、四人、みずから進み出て、 「私どもが担ぎましょう。もっとも轎夫としては御免ですが、壮丁としてなら参りましょう」 といった。というは、轎夫として担げば、相当の賃銭を受ける一つの商売である。しかし壮丁として行くのは公利公益のために力を尽すのである。職業として轎を担うのでなく、また賃銭を要求するためでもない。したがって仮りに賃銭を払われてもこれを受くるをいさぎよしとせぬ。ただ官職を帯びて巡廻するものが、轎夫なきために一歩も進めなくては公務のために憂うべきことである。ゆえに公務のために自分らの労力を提供したのである。 かかることはどこでも稀なることである。台湾においてもまた稀であるから、ことに強く僕の感激を惹起こさしめた。
書き下し
中国式の轎は不潔ではあるが、読書することもできれば、眠ることもできて、僕には最も都合よいが、轎夫のがやがや騒ぐために大いに楽しみの程度を低められる。ことに天気が不良の場合に、轎夫が絶対に働かないで、途中に轎を置き去りすることがある。これは独り台湾においてのみならず、朝鮮にもあると聞くが、その不快と心細さといったらない。 しかるに数年前、僕は台湾旅行の際同じ場合に逢って、行くにも帰るにも動きのつかなかったことがある。警官に依頼し轎夫の雇入を命令的に誘導的に周旋してもらったが、しばしは一人の応ずるものもなく、雨曝しになって進退谷まった。この時、村の青年が三、四人、みずから進み出て、 「私どもが担ぎましょう。もっとも轎夫としては御免ですが、壮丁としてなら参りましょう」 といった。というは、轎夫として担げば、相当の賃銭を受ける一つの商売である。しかし壮丁として行くのは公利公益のために力を尽すのである。職業として轎を担うのでなく、また賃銭を要求するためでもない。したがって仮りに賃銭を払われてもこれを受くるをいさぎよしとせぬ。ただ官職を帯びて巡廻するものが、轎夫なきために一歩も進めなくては公務のために憂うべきことである。ゆえに公務のために自分らの労力を提供したのである。 かかることはどこでも稀なることである。台湾においてもまた稀であるから、ことに強く僕の感激を惹起こさしめた。
現代語訳
中国式の轎は不潔ではありますが、読書もでき、眠ることもできて、私には最も都合がよいのですが、轎夫ががやがや騒ぐために、楽しみの程度は大いに下がります。とくに天気が悪いときには、轎夫がまったく働かず、途中に轎を置き去りにすることがあります。これは台湾だけでなく、朝鮮にもあると聞きますが、その不快さと心細さといったらありません。 ところが数年前、私は台湾旅行の際、同じ場面に出会い、行くにも帰るにも動きがつかなくなったことがあります。警官に頼んで、轎夫の雇い入れを、命令的に、あるいは誘導的に周旋してもらいましたが、しばらくは一人も応じる者がなく、雨ざらしになって、進退きわまりました。このとき、村の青年が三、四人、みずから進み出て、 「私どもが担ぎましょう。ただし轎夫としてはお断りですが、壮丁としてなら参りましょう」 と言いました。というのは、轎夫として担ぐのなら、相当の賃銭を受ける一つの商売です。しかし壮丁として行くのは、公共の利益のために力を尽くすのです。職業として轎を担ぐのでなく、賃銭を要求するためでもありません。したがって、たとえ賃銭を払われても、受け取ることを潔しとしない。ただ、官職を帯びて巡回する者が、轎夫がいないために一歩も進めなくては、公務のために憂うべきことです。だから、公務のために自分たちの労力を提供したのです。 このようなことは、どこでも稀なことです。台湾でも稀であるため、ことに強く私の感激を呼び起こしました。
解説

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老子・第8章上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し。居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与は仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は時を善しとす。夫れ唯だ争わず、故に尤め無し。
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呂氏春秋・尊師④生くれば則ち養を謹む。養を謹しむの道、心を養うことを貴しと為す。死すれば則ち祭りを敬む。祭りを敬するの術は、時節に務めを為す。此れ師を尊ぶ所以なり。唐圃を治め、灌寖を疾め、種樹を務む。葩屨を織り、罝網を結び、蒲葦を捆つ。田野に之き、耕耘に力め、五穀を事む。山林に如き、川澤に入り、魚鱉を取り、鳥獸を求む。此れ師を尊ぶ所以なり。輿馬を視、駕御を慎み、衣服を適にし、輕煗を務め、飲食に臨めば、必ず蠲絜にして、調和を善くし、甘肥を務め、必ず恭敬にして、顏色を和らぐ。辭令を審らかにし、趨翔に疾め、必ず嚴肅にす。此れ師を尊ぶ所以なり。
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