自警録 / 第十三章 広く世を渡る心がけ・好き嫌いで人を判断する過誤
刺身の嫌いな者は医師よりいかに刺身の消化よきこと、滋養分の多きことを説かれても、何とかけちをつけて毒でもあるかのごとくけなす。これに反し酒の好きな者は医師がいかにその害を説くも、百薬の長なりと頑張って聴かぬものが多い。心の好き嫌いと物の善悪を混同する者は実際を見る明を失う。 「凝っては思案に及ばず」というが、なにか一つを好むと、その好きなものの長所のみが映って短所は目に入らぬ。この好き嫌いをもって物を判断する標準にすると、とかく曲直の分別ができなくなり、つまらぬことに争い、大きなことにも争いを起こす。はなはだしきは政治の問題についても有力なる某政治家は嫌いだと思えば、その人の政見がいかに正しくともこれを誤れるがごとくに批評し、たまたまこれを攻撃する理論が発見されなければ、説そのものは善きも、その説を来す動機がはなはだ卑しいとか何とかいって、説そのものをも卑むようになる。ある外人が日本人を評してかくのごとく感情に高い国民は憲法政治を実行し得るだろうかと疑ったことがある。
書き下し
刺身の嫌いな者は医師よりいかに刺身の消化よきこと、滋養分の多きことを説かれても、何とかけちをつけて毒でもあるかのごとくけなす。これに反し酒の好きな者は医師がいかにその害を説くも、百薬の長なりと頑張って聴かぬものが多い。心の好き嫌いと物の善悪を混同する者は実際を見る明を失う。 「凝っては思案に及ばず」というが、なにか一つを好むと、その好きなものの長所のみが映って短所は目に入らぬ。この好き嫌いをもって物を判断する標準にすると、とかく曲直の分別ができなくなり、つまらぬことに争い、大きなことにも争いを起こす。はなはだしきは政治の問題についても有力なる某政治家は嫌いだと思えば、その人の政見がいかに正しくともこれを誤れるがごとくに批評し、たまたまこれを攻撃する理論が発見されなければ、説そのものは善きも、その説を来す動機がはなはだ卑しいとか何とかいって、説そのものをも卑むようになる。ある外人が日本人を評してかくのごとく感情に高い国民は憲法政治を実行し得るだろうかと疑ったことがある。
現代語訳
刺身の嫌いな者は、医者から刺身がどんなに消化によく、滋養分が多いかを説かれても、何かと難癖をつけて毒でもあるかのようにけなします。これに反して、酒の好きな者は、医者がどれほどその害を説いても、百薬の長だと言い張って聞かない者が多くいます。心の好き嫌いと物の善悪を混同する者は、実際を見る目を失います。 「凝っては思案に及ばず」といいますが、何か一つを好むと、その好きなものの長所だけが目に映って、短所は目に入りません。この好き嫌いを物の判断の基準にすると、とかく曲直の分別ができなくなり、つまらないことで争い、大きなことでも争いを起こします。はなはだしくは、政治の問題についても、有力なある政治家が嫌いだと思えば、その人の政見がどれほど正しくても、誤っているかのように批評し、たまたまそれを攻撃する理論が見つからなければ、説そのものは善くても、その説を唱える動機がはなはだ卑しいとか何とか言って、説そのものまで卑しむようになります。ある外国人が日本人を評して、このように感情に左右されやすい国民は、はたして憲法政治を実行できるだろうかと疑ったことがあります。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
-
『慎思録』巻之二政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
-
司馬法・嚴位古自(よ)りの政なり。
-
『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
-
『慎思録』巻之六伊川曰く、後王春秋の義を知らば、則ち徳禹湯に非ずと雖も、尚ほ以て三代の治に法るべしと。愚謂へらく、若し古の成法を守りて失はずば、則ち徳聖賢に非ずと雖も、亦以て治を為すべく、以て百世を保つべきなり。伊川の言、豈に信ならずや。
-
『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。