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自警録 / 第十二章 人生表裏の判断・表裏の善悪を判断する標準(1)

しからば表裏という文字を仮りに用うるとして、善き意味の表裏と、悪き意味――というのが過言であるならば、少なくとも自然的表裏とは、何を標準として区別すべきか。僕はこれは表裏を備うる人の意志によるものであると思う。僕のここにいう意志とは天性というにあい対して用いたのである。ただ堅い一方と思えるものが案外弱いところもあるというのは天性両面を備うるのである。もしこの同じ人が自己のやわらかいことを仮りに他人を欺かんがために隠し、すなわち悪意をもって硬骨を衒ったならば、これ悪い意味における表裏の初段である。 しかしもしこの人が己れの弱点を制せんとする意志に基づいて、これを隠しあるいは包むとすれば、さほどに咎むべきことではないと思う。むしろ場合によりては褒むべきで、消極的修養の努力であると思う。元来普通の人はすべて幾分かの弱点を備うるものである。この弱点に打ち克たんか、あるいはこれを包まんとするは、むしろ褒むべき努力であって、その人が果たして包みきれるか制しきれるかは別問題とし、ともかく己れの弱点を意識し、ために過失に陥らざらんと心づくことは諒とすべきことである。こういう目的であれば、表裏があっても、たいして咎むべき必要なきも、一歩を進めて、裏面あるのに、なきがごとくして相手を欺くの意志あれば、悪い意味における表裏の罪の成立する時である。

書き下し

しからば表裏という文字を仮りに用うるとして、善き意味の表裏と、悪き意味――というのが過言であるならば、少なくとも自然的表裏とは、何を標準として区別すべきか。僕はこれは表裏を備うる人の意志によるものであると思う。僕のここにいう意志とは天性というにあい対して用いたのである。ただ堅い一方と思えるものが案外弱いところもあるというのは天性両面を備うるのである。もしこの同じ人が自己のやわらかいことを仮りに他人を欺かんがために隠し、すなわち悪意をもって硬骨を衒ったならば、これ悪い意味における表裏の初段である。 しかしもしこの人が己れの弱点を制せんとする意志に基づいて、これを隠しあるいは包むとすれば、さほどに咎むべきことではないと思う。むしろ場合によりては褒むべきで、消極的修養の努力であると思う。元来普通の人はすべて幾分かの弱点を備うるものである。この弱点に打ち克たんか、あるいはこれを包まんとするは、むしろ褒むべき努力であって、その人が果たして包みきれるか制しきれるかは別問題とし、ともかく己れの弱点を意識し、ために過失に陥らざらんと心づくことは諒とすべきことである。こういう目的であれば、表裏があっても、たいして咎むべき必要なきも、一歩を進めて、裏面あるのに、なきがごとくして相手を欺くの意志あれば、悪い意味における表裏の罪の成立する時である。

現代語訳

それでは、表裏という言葉を仮に使うとして、善い意味の表裏と、悪い意味(というのが言い過ぎなら、少なくとも自然な表裏)とは、何を基準に区別すべきでしょうか。私は、これは表裏をそなえた人の意志によるものだと思います。ここでいう意志とは、天性に対して使っています。ただ堅い一方に見える人が、案外弱いところもあるというのは、天性が両面をそなえているのです。もしこの同じ人が、自分のやわらかいところを、他人を欺くために隠し、つまり悪意をもって硬骨を衒ったなら、これは悪い意味での表裏の第一歩です。 しかしもし、この人が自分の弱点を抑えようとする意志に基づいて、それを隠し、あるいは包むのだとすれば、それほど咎めるべきことではないと思います。むしろ場合によっては褒めるべきで、消極的な修養の努力だと思います。もともと普通の人はすべて、いくらかの弱点をそなえています。この弱点に打ち克とうとし、あるいはそれを包もうとするのは、むしろ褒めるべき努力であって、その人が果たして包みきれるか、抑えきれるかは別問題として、ともかく自分の弱点を意識して、過ちに陥らないようにと心がけることは、認めてよいことです。こうした目的であれば、表裏があっても、たいして咎める必要はありません。しかし一歩進んで、裏の面があるのに、ないかのように見せて相手を欺く意志があるなら、そのときこそ、悪い意味での表裏の罪が成立するのです。

解説

善い表裏と悪い表裏を分けるのは、本人の意志だと新渡戸は言います。弱さを隠すのが他人を欺くためなら悪の第一歩。弱点を制そうとする意志から包むのなら、むしろ消極的な修養の努力として認めてよい。そして裏があるのにないかのように見せて欺く意志があるとき、初めて表裏の罪が成り立つ、という整理です。現代でも、不安を見せずに堂々と振る舞うリーダーは、虚勢か自制かで評価が分かれます。外から見える行動より、その動機が問われるという視点です。
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この章句が説くこと

意志天性弱点消極的修養欺く意志動機

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