古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

自警録 / 第十二章 人生表裏の判断・表裏の善悪を判断する標準(2)

しかしその当人が果たして欺く意志であるかどうかは容易に判断の出来るものでない。とかく我々が思わぬことを聞いたり見たりすると、一時案外の驚きに打たれて、その人が故意に我を欺けりと判断することがある。しかるに冷静にこれを考えると、欺かんとする意志があったのでなく、かえって我々のまったく知らなかったことが落度で、彼はことさらに隠しもせねば包んでもいなかったが、吾人がそれを発見しなかったのが、我々の不注意であるということが折々ある。人の衣服を見ても、裏をつぎはぎしているものもある。着ている人は裏につぎはぎしていると吹聴することもなく、また他人にそう思わせようとも力めず、自分の着物の裏は間に合せものである。おそらく他人も知っているだろうぐらいに思い流しているのである。しかるに彼があまりに平気であるために、見る人は定めしあの人だから表に優る裏をつけているだろうと推量し、ことさら尋ねもせずに独り合点している間に、真相を始めて見て、彼は長日月間我々を欺いた、表裏のはなはだしい奴だと詈る者を多く見る。先方が欺いたのでなく、当方が不注意のために知らなかったに過ぎぬ。ゆえに一口にいえば悪い意味における裏面の有無を判断する者は当事者一人というべく、他人は容易にこれを断定し得るものではない。 近ごろ世間に海軍とやら本願寺とやら何々党とやらに関して、種々面白からざる表裏ばなしを聞くが、罪は悪むべきも、その関係者の人については、慈悲の心をもって当たりたい。いわんや吾人は平素交わる人々について、図らざる事を見、予期せざる事を聞くこと少なくない。そのつど友人の心事や性格を疑うごときは不見識のはなはだしきものなれば、つねづね、なにものにも表と裏と、外と内と、皮と肉との別あるを心得ておきたい。

書き下し

しかしその当人が果たして欺く意志であるかどうかは容易に判断の出来るものでない。とかく我々が思わぬことを聞いたり見たりすると、一時案外の驚きに打たれて、その人が故意に我を欺けりと判断することがある。しかるに冷静にこれを考えると、欺かんとする意志があったのでなく、かえって我々のまったく知らなかったことが落度で、彼はことさらに隠しもせねば包んでもいなかったが、吾人がそれを発見しなかったのが、我々の不注意であるということが折々ある。人の衣服を見ても、裏をつぎはぎしているものもある。着ている人は裏につぎはぎしていると吹聴することもなく、また他人にそう思わせようとも力めず、自分の着物の裏は間に合せものである。おそらく他人も知っているだろうぐらいに思い流しているのである。しかるに彼があまりに平気であるために、見る人は定めしあの人だから表に優る裏をつけているだろうと推量し、ことさら尋ねもせずに独り合点している間に、真相を始めて見て、彼は長日月間我々を欺いた、表裏のはなはだしい奴だと詈る者を多く見る。先方が欺いたのでなく、当方が不注意のために知らなかったに過ぎぬ。ゆえに一口にいえば悪い意味における裏面の有無を判断する者は当事者一人というべく、他人は容易にこれを断定し得るものではない。 近ごろ世間に海軍とやら本願寺とやら何々党とやらに関して、種々面白からざる表裏ばなしを聞くが、罪は悪むべきも、その関係者の人については、慈悲の心をもって当たりたい。いわんや吾人は平素交わる人々について、図らざる事を見、予期せざる事を聞くこと少なくない。そのつど友人の心事や性格を疑うごときは不見識のはなはだしきものなれば、つねづね、なにものにも表と裏と、外と内と、皮と肉との別あるを心得ておきたい。

現代語訳

けれども、当人が果たして欺く意志であるかどうかは、容易に判断できるものではありません。とかく私たちは思いがけないことを聞いたり見たりすると、一時意外な驚きに打たれて、その人が故意に自分を欺いたと判断することがあります。ところが冷静に考えると、欺こうとする意志があったのではなく、かえって私たちがまったく知らなかったことが落ち度で、彼はわざわざ隠しも包みもしていなかったのに、私たちがそれを発見しなかったのが、こちらの不注意だったということが、折々あります。人の衣服を見ても、裏につぎはぎをしているものもあります。着ている人は、裏につぎはぎをしていると吹聴することもなく、またそう思わせようとも努めず、自分の着物の裏は間に合わせのもので、おそらく他人も知っているだろうくらいに思って、気に留めていないのです。ところが、彼があまりに平気でいるために、見る人は、あの人のことだから、きっと表にまさる裏をつけているだろうと推量し、わざわざ尋ねもせずに独り合点しているうちに、真相を初めて見て、彼は長い間私たちを欺いた、表裏のはなはだしい奴だとののしる者を、多く見ます。先方が欺いたのではなく、こちらが不注意のために知らなかったにすぎません。だから、ひとことでいえば、悪い意味での裏面があるかないかを判断できるのは、当事者一人であって、他人は容易にこれを断定できるものではありません。 近ごろ世間で、海軍とか本願寺とか何々党とかについて、さまざまなおもしろくない表裏の話を聞きますが、罪は憎むべきものの、その関係者の人については、慈悲の心で接したいものです。まして私たちは、日ごろ交わる人びとについて、思いがけないことを見、予期しないことを聞くことが少なくありません。そのたびに友人の心事や性格を疑うのは、見識のはなはだしい欠如ですから、つねづね、何ものにも表と裏、外と内、皮と肉との区別があることを心得ておきたいものです。

解説

新渡戸は、裏に気づいて欺かれたと怒る前に、自分の不注意を疑えと言います。裏につぎはぎのある着物を平気で着る人は、隠しているのではなく、気にしていないだけかもしれない。悪い表裏の有無を判断できるのは当事者だけで、他人が断定してはならないという結論です。海軍の汚職事件や本願寺の騒動など、当時の報道を例に、罪は憎んでも人には慈悲を、とも述べます。現代の職場でも、期待と違う事実を知ったとき、裏切りと決める前に事情を尋ねる余地があります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

欺く意志不注意独り合点当事者慈悲早合点

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る