自警録 / 第十一章 人生の決勝点・勝敗の決勝点を高きに置け
わが輩の言ったことを一言に約すれば、勝敗を定むる標準を高きに置けよというに帰着する。ことに青年時代いまだまったく心の俗化せぬとき、すなわち理想のいまだ高き時に、みずから決勝点を定めよ。しかしてこれを高きに置け。すなわち金を儲けるのも儲ける道を純白にし、卑怯な方法にて儲くれば、これ奮闘の敗北なりとみなし、また高き位地を得るにしても、他人を踏台としたり甚だしきは友人までも売って位地を占めんとしたら、これまた勝利にあらずして敗北なりと心得、よし名を挙げるにしても、卑劣な賤しき方法によりて得たならば、その名がいかに広まるとも、勝利にあらずして敗北なりと思い、これに反し自分の同僚友人が潔からざる手段を弄して巨万の富を積み、高位に上るとも、また名声を海外に轟かすとも、さらに恨むにも当たらず、また彼らに対し自分は敗北者だと卑下して小さくなる必要もない。 物質的利益に超脱し、名誉、地位、得喪の上に優游するを得ば、世間に行わるる勝敗は児戯に等しきものとなる。真の勝利者は第一己れなる者を全然破り、己れに克ち、古人の言う私心なきことこそ必勝の条件なれ。この点に意を留めたなら世間でかれこれいう勝敗などのために心を動かすことなく、勝っても笑わず、負けても泣かず、勝利のために誇らず、敗北のために歎かず、心つねに平々坦々として、定めし幸福なることであろう。 孔子のいわゆる、 「君子は坦にして蕩々たり、小人は長に戚々たり」 とはこの心をいうならん。これで基督は磔になりながら、 「われ世に勝てり」 と叫んだ心をも幾分か理解し得る。
新字:わが輩の言ったことを一言に約すれば、勝敗を定むる標準を高きに置けよというに帰着する。ことに青年時代いまだまったく心の俗化せぬとき、すなわち理想のいまだ高き時に、みずから決勝点を定めよ。しかしてこれを高きに置け。すなわち金を儲けるのも儲ける道を純白にし、卑怯な方法にて儲くれば、これ奮闘の敗北なりとみなし、また高き位地を得るにしても、他人を踏台としたり甚だしきは友人までも売って位地を占めんとしたら、これまた勝利にあらずして敗北なりと心得、よし名を挙げるにしても、卑劣な賤しき方法によりて得たならば、その名がいかに広まるとも、勝利にあらずして敗北なりと思い、これに反し自分の同僚友人が潔からざる手段を弄して巨万の富を積み、高位に上るとも、また名声を海外に轟かすとも、さらに恨むにも当たらず、また彼らに対し自分は敗北者だと卑下して小さくなる必要もない。 物質的利益に超脱し、名誉、地位、得喪の上に優游するを得ば、世間に行わるる勝敗は児戯に等しきものとなる。真の勝利者は第一己れなる者を全然破り、己れに克ち、古人の言う私心なきことこそ必勝の条件なれ。この点に意を留めたなら世間でかれこれいう勝敗などのために心を動かすことなく、勝っても笑わず、負けても泣かず、勝利のために誇らず、敗北のために嘆かず、心つねに平々坦々として、定めし幸福なることであろう。 孔子のいわゆる、 「君子は坦にして蕩々たり、小人は長に戚々たり」 とはこの心をいうならん。これで基督は磔になりながら、 「われ世に勝てり」 と叫んだ心をも幾分か理解し得る。
書き下し
わが輩の言ったことを一言に約すれば、勝敗を定むる標準を高きに置けよというに帰着する。ことに青年時代いまだまったく心の俗化せぬとき、すなわち理想のいまだ高き時に、みずから決勝点を定めよ。しかしてこれを高きに置け。すなわち金を儲けるのも儲ける道を純白にし、卑怯な方法にて儲くれば、これ奮闘の敗北なりとみなし、また高き位地を得るにしても、他人を踏台としたり甚だしきは友人までも売って位地を占めんとしたら、これまた勝利にあらずして敗北なりと心得、よし名を挙げるにしても、卑劣な賤しき方法によりて得たならば、その名がいかに広まるとも、勝利にあらずして敗北なりと思い、これに反し自分の同僚友人が潔からざる手段を弄して巨万の富を積み、高位に上るとも、また名声を海外に轟かすとも、さらに恨むにも当たらず、また彼らに対し自分は敗北者だと卑下して小さくなる必要もない。 物質的利益に超脱し、名誉、地位、得喪の上に優游するを得ば、世間に行わるる勝敗は児戯に等しきものとなる。真の勝利者は第一己れなる者を全然破り、己れに克ち、古人の言う私心なきことこそ必勝の条件なれ。この点に意を留めたなら世間でかれこれいう勝敗などのために心を動かすことなく、勝っても笑わず、負けても泣かず、勝利のために誇らず、敗北のために歎かず、心つねに平々坦々として、定めし幸福なることであろう。 孔子のいわゆる、 「君子は坦にして蕩々たり、小人は長に戚々たり」 とはこの心をいうならん。これで基督は磔になりながら、 「われ世に勝てり」 と叫んだ心をも幾分か理解し得る。
現代語訳
私の言ったことをひと言にまとめれば、勝敗を決める物差しを高いところに置け、ということに帰着します。とくに青年時代、まだ心がすっかり俗に染まらず、理想がまだ高いうちに、みずから決勝点を定めなさい。そしてそれを高いところに置きなさい。たとえば、金を儲けるにも、その道を清らかにし、卑怯な方法で儲けたなら、これは奮闘の敗北だとみなす。高い地位を得るにしても、他人を踏み台にしたり、はなはだしくは友人まで売って地位を占めようとしたなら、これもまた勝利ではなく敗北だと心得る。名を上げるにしても、卑劣で賤しい方法で得たなら、その名がどれほど広まろうと、勝利ではなく敗北だと思う。これに反して、自分の同僚や友人が潔くない手段を用いて巨万の富を積み、高位に上り、名声を海外にとどろかせたとしても、少しも恨むにはあたらず、また彼らに対して自分は敗北者だと卑下して小さくなる必要もありません。 物質的な利益を超えて、名誉、地位、得失のうえにゆったりと遊ぶことができれば、世間で行われている勝敗は子どもの遊びに等しいものになります。真の勝利者は、第一に自分自身を完全に破り、己に克ち、昔の人のいう私心のないことこそ、必勝の条件です。この点に心を留めたなら、世間であれこれいう勝敗のために心を動かすことなく、勝っても笑わず、負けても泣かず、勝利のために誇らず、敗北のために嘆かず、心はつねに平らかで、さだめし幸福なことでしょう。 孔子のいう、 「君子は心が平らかでのびのびとしており、小人はいつもくよくよしている」 とは、この心をいうのでしょう。これで、キリストが十字架にかけられながら、 「わたしは世に勝った」 と叫んだ心も、いくらか理解できます。
解説

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