自警録 / 第十一章 人生の決勝点・勝敗は長年月を経て始めて決定す
僕はつねに失望する人を慰めんとするとき、あるいは自ら失望し落胆せんとするとき、みずから励まして、「マア十年待て」といっている。ついこの間もしばらく会わなかった友人が来訪し、こういうことをいった。 「僕の友人で一時世にもて囃され、名望一時に高まったものがある。僕は友人にそれを喜んだとき、なるほど僕を褒める声があちこちに聞こゆるようであるが、これはすでに極度に達したのであろう。二、三ヵ月経てばそろそろ悪口が始まり、四、五年の後には犯罪者のごとき批評を受けるであろう。しかしてまたその後にいたり相当の位地に帰るであろう。そのサイクル(循環期)は十年は出ない。七、八年ならんといったが、いかにも今日まで五ヵ年になるが、彼のいったごとき傾向が現れんとしつつある」 と。これは尋常の人であるから、その批評もまた七、八年で一循環するのである。もし非常の人物であるならば、彼に対する誤解も五年七年では済むまい。あるいは百年二百年もつづくであろうし、また真価の充分に認めらるるには百年二百年を要することであろう。富士山の測量はいまだ綿密に出来ていないごとく、大人物であればあるほど、その高さも大きさも容易に凡人の見分け得るものでない。 普通の人についてもその真価は即座に決することは出来ぬ。まずは七、八年はかかる。むかしの人のいったごとく人生は棺を覆うて始めて定まるものである。しかして勝敗も人の真価で計るべきものである。真の力ある人はいやゆる投げられても負けぬ。真の力がより以上の真の力のために圧迫されて始めて負けたということになる。その時々に行わるる標準をもって勝敗を定むることはほんの一時的で、市中の屠者が韓信に勝ったといって得々たると同じである。
書き下し
僕はつねに失望する人を慰めんとするとき、あるいは自ら失望し落胆せんとするとき、みずから励まして、「マア十年待て」といっている。ついこの間もしばらく会わなかった友人が来訪し、こういうことをいった。 「僕の友人で一時世にもて囃され、名望一時に高まったものがある。僕は友人にそれを喜んだとき、なるほど僕を褒める声があちこちに聞こゆるようであるが、これはすでに極度に達したのであろう。二、三ヵ月経てばそろそろ悪口が始まり、四、五年の後には犯罪者のごとき批評を受けるであろう。しかしてまたその後にいたり相当の位地に帰るであろう。そのサイクル(循環期)は十年は出ない。七、八年ならんといったが、いかにも今日まで五ヵ年になるが、彼のいったごとき傾向が現れんとしつつある」 と。これは尋常の人であるから、その批評もまた七、八年で一循環するのである。もし非常の人物であるならば、彼に対する誤解も五年七年では済むまい。あるいは百年二百年もつづくであろうし、また真価の充分に認めらるるには百年二百年を要することであろう。富士山の測量はいまだ綿密に出来ていないごとく、大人物であればあるほど、その高さも大きさも容易に凡人の見分け得るものでない。 普通の人についてもその真価は即座に決することは出来ぬ。まずは七、八年はかかる。むかしの人のいったごとく人生は棺を覆うて始めて定まるものである。しかして勝敗も人の真価で計るべきものである。真の力ある人はいやゆる投げられても負けぬ。真の力がより以上の真の力のために圧迫されて始めて負けたということになる。その時々に行わるる標準をもって勝敗を定むることはほんの一時的で、市中の屠者が韓信に勝ったといって得々たると同じである。
現代語訳
私は、失望している人を慰めようとするときや、自分が失望して落胆しそうなときには、自分を励まして「まあ十年待て」と言っています。つい先日も、しばらく会わなかった友人が訪ねてきて、こんな話をしました。 「私の友人に、一時世間にもてはやされて、名声が一気に高まった者がいる。私は、友人のためにそれを喜んだとき、こう言った。なるほど君をほめる声があちこちから聞こえるようだが、これはすでに頂点に達したのだろう。二、三か月たつとそろそろ悪口が始まり、四、五年後には犯罪者のような批評まで受けるだろう。そしてその後で、相当の地位に戻るだろう。この循環の期間は十年は超えない。七、八年だろう、と言ったのだ。なるほど今日まで五年になるが、彼が言ったとおりの傾向が現れようとしている」 と。これは普通の人だから、世評も七、八年で一巡するのです。もし並外れた人物であれば、その人への誤解は五年や七年では済まないでしょう。あるいは百年も二百年も続くかもしれませんし、真価が十分に認められるのにも百年、二百年が必要でしょう。富士山の測量がまだ綿密にはできていないように、大人物であればあるほど、その高さも大きさも、凡人には容易に見分けられないものです。 普通の人についても、その真価はその場では決められません。まず七、八年はかかります。昔の人が言ったように、人生は棺を覆って初めて定まるものです。そして勝敗も、人の真価ではかるべきものです。本当に力のある人は、いわゆる投げられても負けません。本当の力が、それ以上の本当の力に押さえられて、初めて負けたということになるのです。その時々に行われている物差しで勝敗を決めるのは、ほんの一時的なことで、市中の肉屋が韓信に勝ったといって得意になるのと同じです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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