自警録 / 第十一章 人生の決勝点・一時の勝利と永久の勝利
こういう礼治的社会は、まだまだ前途遼遠なる今日の社会においては、勝利を得れば足れりと思う人も、単にいわゆる現代的なるをもって足れりとせば、これ一時の勝利者にして、ながき奮闘には負けるものと言わねばならぬ。なんとなれば世の中の思想は、我々一生涯中にも次第に変わるものである。ことに我が国のごときは十年を一期とし、おそらくは七、八年中には、思想が一変しつつあるかと思わるるほどに変化が多い。昨日の非は今日の是となり、昨年の是は今年の非となることは、内閣の更迭ごとに起こる事実に照らしても分かるくらいである。 またいわゆる思想に用いらるる用語を調べてみても、五年後には字書に現れなかったことが、こんにち日々の新聞に見ることを考えれば、今後五年にはいかなる新熟字、新思想が世に行わるるかは想像出来ぬ。よし新熟語が必ずしも新思想を表さなくとも、旧思想が復活することであるとするも、一たび死んだ思想が再び蘇生し来たりて人心を動かすのであることは明らかである。
書き下し
こういう礼治的社会は、まだまだ前途遼遠なる今日の社会においては、勝利を得れば足れりと思う人も、単にいわゆる現代的なるをもって足れりとせば、これ一時の勝利者にして、ながき奮闘には負けるものと言わねばならぬ。なんとなれば世の中の思想は、我々一生涯中にも次第に変わるものである。ことに我が国のごときは十年を一期とし、おそらくは七、八年中には、思想が一変しつつあるかと思わるるほどに変化が多い。昨日の非は今日の是となり、昨年の是は今年の非となることは、内閣の更迭ごとに起こる事実に照らしても分かるくらいである。 またいわゆる思想に用いらるる用語を調べてみても、五年後には字書に現れなかったことが、こんにち日々の新聞に見ることを考えれば、今後五年にはいかなる新熟字、新思想が世に行わるるかは想像出来ぬ。よし新熟語が必ずしも新思想を表さなくとも、旧思想が復活することであるとするも、一たび死んだ思想が再び蘇生し来たりて人心を動かすのであることは明らかである。
現代語訳
こうした礼を重んじる社会は、まだまだはるか先のことで、今日の社会では、勝利を得さえすれば足りると思う人もいます。しかし、ただいわゆる現代的であることで満足するなら、それは一時の勝利者にすぎず、長い奮闘には負けるといわなければなりません。なぜなら、世の中の思想は、私たち一生のうちにも次第に変わるものだからです。とくに我が国のように、十年を一期として、おそらく七、八年のうちに思想が一変しているかと思われるほど、変化の多いところはありません。昨日の非は今日の是となり、昨年の是は今年の非となることは、内閣が替わるたびに起こる事実を見ても分かるほどです。 また、思想に用いられる言葉を調べてみても、五年前には辞書に載っていなかった言葉が、今日では毎日の新聞に見られることを考えれば、これから五年のうちに、どんな新しい熟語、新しい思想が世に行われるかは想像もできません。たとえ新しい熟語が必ずしも新しい思想を表さず、古い思想が復活しただけだとしても、一度死んだ思想が再びよみがえり、人の心を動かすということは明らかです。
解説

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