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自警録 / 第十一章 人生の決勝点・人生の勝利者

こんなもので世の中でいわゆる勝負を測る標準は、人の実力や努力の標準とはちがう。ゆえに俗界を離れて高い立場よりこの世の競争奮闘のありさまを見れば、定めて可笑しきことがたくさんあろう。世間で得意を極める人も、高き標準から測ったならば、最も卑むべきものとなりはせぬか。耶蘇がその弟子に説いた言葉に、 「地上にありて最大たりしものも、天国にありては恐らくは最小なるものならん」 と述べたが、天国に行かずとも、同じ地球の表面においてすらも、時の移るとともに人の勝敗を定める標準が追々違って来るかと思われる。 この前にも述べたごとく野蛮の社会においては腕力ある者が最強者で、最大勝利者で、人も尊敬し自己もまた得意であった。社会が一定の秩序の下に治められ、腕力のみをもって優劣を定めることを止めて以来、理屈の最も分かるものが社会で勝利を得ることになった。すなわち法治国においては法を破らぬ範囲内において、自己の利益を最もよく図るものが勝利者となるに至った。しかるに社会がさらに進歩し礼をもって治められる時代に到達したならば、礼の最も厚き人が最高の勝利者となる。 いかなる世においても、種々なる形で競争が行われる。あるいは商業、あるいは学術研究、あるいは芸術、社交、その他いかなる階級にもそれぞれ競争は絶えぬ。して競争あれば必ず勝者と敗者がある。一口に勝者という者の中にも一番強い者を相手にした者は一番偉い勝者である。また同じく敵と称する者の中にも種類が数多ある。強きもあれば弱きもある。赤鬼もいれば青鬼もおろう。してあらゆる種類の敵に勝つ者は一番偉い勝者である。時には敵とは称せずとも吾人の勝つべき相手もある。それは親兄弟、妻子、朋友のごときはもちろん敵ではないが、彼らが我々の心に服さぬことがあれば、その不服の範囲において敵のごときものである。ゆえに広い意味においては親兄弟にも勝たねばならぬ。楠正成の歌に、 我にかちみかたに勝ちて敵にかつこれを武将の三勝といふ とあるのが、ちょうど僕の今いう勝つべき相手の種類である。

書き下し

こんなもので世の中でいわゆる勝負を測る標準は、人の実力や努力の標準とはちがう。ゆえに俗界を離れて高い立場よりこの世の競争奮闘のありさまを見れば、定めて可笑しきことがたくさんあろう。世間で得意を極める人も、高き標準から測ったならば、最も卑むべきものとなりはせぬか。耶蘇がその弟子に説いた言葉に、 「地上にありて最大たりしものも、天国にありては恐らくは最小なるものならん」 と述べたが、天国に行かずとも、同じ地球の表面においてすらも、時の移るとともに人の勝敗を定める標準が追々違って来るかと思われる。 この前にも述べたごとく野蛮の社会においては腕力ある者が最強者で、最大勝利者で、人も尊敬し自己もまた得意であった。社会が一定の秩序の下に治められ、腕力のみをもって優劣を定めることを止めて以来、理屈の最も分かるものが社会で勝利を得ることになった。すなわち法治国においては法を破らぬ範囲内において、自己の利益を最もよく図るものが勝利者となるに至った。しかるに社会がさらに進歩し礼をもって治められる時代に到達したならば、礼の最も厚き人が最高の勝利者となる。 いかなる世においても、種々なる形で競争が行われる。あるいは商業、あるいは学術研究、あるいは芸術、社交、その他いかなる階級にもそれぞれ競争は絶えぬ。して競争あれば必ず勝者と敗者がある。一口に勝者という者の中にも一番強い者を相手にした者は一番偉い勝者である。また同じく敵と称する者の中にも種類が数多ある。強きもあれば弱きもある。赤鬼もいれば青鬼もおろう。してあらゆる種類の敵に勝つ者は一番偉い勝者である。時には敵とは称せずとも吾人の勝つべき相手もある。それは親兄弟、妻子、朋友のごときはもちろん敵ではないが、彼らが我々の心に服さぬことがあれば、その不服の範囲において敵のごときものである。ゆえに広い意味においては親兄弟にも勝たねばならぬ。楠正成の歌に、 我にかちみかたに勝ちて敵にかつこれを武将の三勝といふ とあるのが、ちょうど僕の今いう勝つべき相手の種類である。

現代語訳

こうしたもので世の中のいわゆる勝負をはかる物差しは、人の実力や努力の物差しとは違います。だから俗世を離れた高い立場から、この世の競争や奮闘のありさまを見れば、きっと可笑しなことがたくさんあるでしょう。世間で得意の絶頂にある人も、高い物差しではかれば、最も卑しむべきものになりはしないでしょうか。イエスがその弟子に説いた言葉に、 「地上で最大であった者も、天国ではおそらく最小の者であろう」 とありますが、天国に行かずとも、この同じ地球の上でさえ、時代が移るにつれて、人の勝敗を決める物差しは次第に違ってくるように思われます。 前にも述べたように、野蛮な社会では腕力のある者が最強者で、最大の勝利者であり、人も尊敬し、本人も得意でした。社会が一定の秩序のもとで治められ、腕力だけで優劣を決めることをやめてからは、理屈のもっともよく分かる者が社会で勝利を得ることになりました。つまり法治国では、法を破らない範囲で、自分の利益を最もうまく図る者が勝利者になったのです。ところが社会がさらに進歩して、礼によって治められる時代に到達したなら、礼のもっとも厚い人が最高の勝利者となるでしょう。 どんな世の中でも、さまざまな形で競争は行われます。商業、学術研究、芸術、社交、そのほかどんな階層にも、それぞれ競争は絶えません。そして競争があれば必ず勝者と敗者が出ます。ひと口に勝者といっても、一番強い者を相手にして勝った者が一番偉い勝者です。また同じく敵といっても種類は数多くあります。強いのもいれば弱いのもいる。赤鬼もいれば青鬼もいるでしょう。あらゆる種類の敵に勝つ者が一番偉い勝者です。ときには敵とは呼ばなくても、私たちが勝つべき相手がいます。親兄弟、妻子、友人は、もちろん敵ではありませんが、彼らが私たちの心に服さないことがあれば、その服さない範囲では敵のようなものです。だから広い意味では、親兄弟にも勝たなければなりません。楠正成の歌に、 我に勝ち味方に勝ちて敵に勝つ、これを武将の三勝という とあるのが、ちょうど私のいう、勝つべき相手の種類にあたります。

解説

新渡戸はここで、世の勝負をはかる物差しは時代とともに変わると説きます。腕力の時代、法の時代を経て、礼の厚い者が勝つ時代が来るはずだというのです。さらに強い相手と戦う者ほど偉く、自分や味方の心にも勝つことが肝心だと、楠正成の歌で結びます。当時は日露戦争後の立身出世熱が高まった時期でした。現代の仕事でも、売上や役職という物差しだけで人を測れば、いちばん手ごわい相手である自分の怠りや慢心を見落とします。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

勝利物差し礼競争三勝克己

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