自警録 / 第九章 心の独立と体の独立・動機は立派でも年とともに堕落
僕は子供心に、維新のころ世に名高き遊女の談を敬服して聞いたことがある。それは品川の遊女某が外人に落籍せられんとしたことで、当時は邦人にして外人の妾となれるをラシャメンと呼び、すこぶる卑下したものである。某は遊女ながらもひと廉の気象があったが、如何せん、商売がら外人に落籍されたので、 仮令身はふるあめりかに触るゝとも心一つは汚さゞらまし と詠んだと聞く。心と体とを別に考うることはすでに身を売る時より行わるる議論で、良家の子女が泥水に入る時も、たとえ体は畜生同然になるも、心は親のため、主人のため、夫のためあるいは家のためなりと称し犠牲となった。 しかるに、身を売る時の動機はいかに正しくとも、一度身の独立と自由とを失った以上は、心もまた堕落することが多数の事実である。恐らく我が国の娼妓となりし人の動機と理由とを統計上より数えなば、自己の淫奔よりする者は少なく、大多数は一家のために犠牲となったのであろう。身を売る時はじつに憐むべく、また尊敬すべき動機に基づくも、爾後三年ないし五年の後、彼らの心理を統計に現すことを得たなら、その性格の一変し、当初とは雲泥の差あるを発見するであろう。 僕の友人が洋行した時、ハンブルグに行ったことがある。ハンブルグは西洋に例の少ない公娼制度の行わるる所である。ゆえに友人はその道に通なる人の案内でその制度を視に行った。その時この通人は数多の婦人を呼び出し、友人のためにその経歴を紹介したが、かくするあいだについ三、四ヵ月前に来た新しき女があったが、あれはどうしたかと、通人は頻りに新参者を求めたりしに、豈計らんや新参者は数多の列座中にあったので、それが分った時の通人の驚きは一方ならなかった。わずかに百日も経たぬ間にこれほどに処女と商売人とは変わるものかと、開いた口がしばらく閉じなかった。 僕は多く不浄の談をならべるようではあるが、身を縛られた例は奴隷制度の廃止された今日、娼妓をもって例うるのほかなしと思い、ここに引例したのである。がしかしその実泥水に居らなくとも泥水よりいっそう深き穢れに心の染まれるものが世には多くありはせぬか。身は一見独立のごとくして、心は娼妓よりもなお独立なく他人に依頼し、しかも他人の愛憎によりその日を送れるものが多々ありはせぬか。
書き下し
僕は子供心に、維新のころ世に名高き遊女の談を敬服して聞いたことがある。それは品川の遊女某が外人に落籍せられんとしたことで、当時は邦人にして外人の妾となれるをラシャメンと呼び、すこぶる卑下したものである。某は遊女ながらもひと廉の気象があったが、如何せん、商売がら外人に落籍されたので、 仮令身はふるあめりかに触るゝとも心一つは汚さゞらまし と詠んだと聞く。心と体とを別に考うることはすでに身を売る時より行わるる議論で、良家の子女が泥水に入る時も、たとえ体は畜生同然になるも、心は親のため、主人のため、夫のためあるいは家のためなりと称し犠牲となった。 しかるに、身を売る時の動機はいかに正しくとも、一度身の独立と自由とを失った以上は、心もまた堕落することが多数の事実である。恐らく我が国の娼妓となりし人の動機と理由とを統計上より数えなば、自己の淫奔よりする者は少なく、大多数は一家のために犠牲となったのであろう。身を売る時はじつに憐むべく、また尊敬すべき動機に基づくも、爾後三年ないし五年の後、彼らの心理を統計に現すことを得たなら、その性格の一変し、当初とは雲泥の差あるを発見するであろう。 僕の友人が洋行した時、ハンブルグに行ったことがある。ハンブルグは西洋に例の少ない公娼制度の行わるる所である。ゆえに友人はその道に通なる人の案内でその制度を視に行った。その時この通人は数多の婦人を呼び出し、友人のためにその経歴を紹介したが、かくするあいだについ三、四ヵ月前に来た新しき女があったが、あれはどうしたかと、通人は頻りに新参者を求めたりしに、豈計らんや新参者は数多の列座中にあったので、それが分った時の通人の驚きは一方ならなかった。わずかに百日も経たぬ間にこれほどに処女と商売人とは変わるものかと、開いた口がしばらく閉じなかった。 僕は多く不浄の談をならべるようではあるが、身を縛られた例は奴隷制度の廃止された今日、娼妓をもって例うるのほかなしと思い、ここに引例したのである。がしかしその実泥水に居らなくとも泥水よりいっそう深き穢れに心の染まれるものが世には多くありはせぬか。身は一見独立のごとくして、心は娼妓よりもなお独立なく他人に依頼し、しかも他人の愛憎によりその日を送れるものが多々ありはせぬか。
現代語訳
私は子供心に、維新のころ世に名高かった遊女の話を、感服して聞いたことがあります。それは品川の遊女某が、外国人に身請けされようとしたことで、当時は日本人で外国人の妾になった者を「ラシャメン」と呼び、たいへん卑しめたものでした。某は遊女ながら一廉の気概があったのですが、商売柄、外国人に身請けされることになり、 たとえこの身はアメリカ人に触れられようとも、心ひとつは汚すまいものを と詠んだと聞きます。心と体を別に考えることは、すでに身を売る時から行われる議論で、良家の子女が苦界に入るときも、たとえ体は畜生同然になろうとも、心は親のため、主人のため、夫のため、あるいは家のためだと称して、犠牲となりました。 しかし、身を売る時の動機がどれほど正しくとも、いったん身の独立と自由を失った以上、心もまた堕落することが多いのが事実です。おそらく、わが国で娼妓になった人の動機と理由を統計で数えるなら、自分の淫らな気持ちからという者は少なく、大多数は一家のための犠牲だったでしょう。身を売る時は、まことに憐れむべく、また尊敬すべき動機に基づいていても、その後三年ないし五年の後に、彼女らの心理を統計に表すことができたなら、性格が一変して、当初とは雲泥の差があることを発見するでしょう。 私の友人が洋行したとき、ハンブルクに行ったことがあります。ハンブルクは、西洋では例の少ない公娼制度が行われている所です。そこで友人は、その道に通じた人の案内でその制度を見に行きました。そのとき、この通人は大勢の婦人を呼び出し、友人のためにその経歴を紹介しましたが、その間にも、つい三、四か月前に来た新しい女がいたが、あれはどうしたかと、しきりに新参者を探していました。ところが、なんとその新参者はずらりと並んだ中にいたのです。それが分かったときの通人の驚きようは並大抵ではありませんでした。わずか百日も経たないうちに、処女と商売人とはこれほど変わるものかと、開いた口がしばらく閉じなかったといいます。 私は不浄な話をたくさん並べるようですが、身を縛られた例は、奴隷制度が廃止された今日では、娼妓のほかに例えようがないと思い、ここに引いたのです。しかし実際は、泥水の中にいなくても、泥水よりいっそう深い穢れに心の染まった者が、世には多くはないでしょうか。身は一見独立しているようで、心は娼妓よりもなお独立がなく、他人に頼り、しかも他人の好き嫌いによって日を送っている者が、多くいはしないでしょうか。
解説

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