自警録 / 第九章 心の独立と体の独立・独立とは何を意味するか
かつてある青年が僕の友人を訪うて、どうぞ書生として寄寓させてくれと頼んだ。友人はすでに家には書生もおり新たに入れる余地がないと断り、かつまた上京するときの目的がはなはだ明らかならぬゆえ、この青年に帰国を勧告したが、彼は旅費がないから帰国されぬという。友人も、 「君とこうして談するのも他生の縁であろう。君が親もとに帰る考えがあるなら失敬ながら旅費は僕が手伝おう」 というや、青年は毅然として、 「私は独立を重んじます。旅費などは貰いたくありません」 と立派にいいきった。これを聞いた友人は奇異の思いをなし、青年に、 「君は独立をたいそう重んずるようで、まことに結構であるが、果たして独立の意味が分かっているか。一時旅費を立替えてもらうのが独立を失うと思うはあながち咎むべきでない。それくらいの考えはむしろ持ってもらいたい。しかるにそれほど独立を重んずる君が、すでに二、三日前より毎日二、三時間を費して僕に求むることは、決して独立を重んずる精神とは受取りがたい。君が僕の家に置いてくれと要求する意味は、雨露を防ぐの方法を与え、三度の食事を今後一年二年ないし五年十年とも寄食させよというのではないか。仮りに一年としてもこれを金銭に換算したら君に提供した旅費の何倍かに当たる。少額を受取れば独立を害し、多額を受ければ独立自重の心を害さぬ理由は解しがたい」 と説いたそうである。
書き下し
かつてある青年が僕の友人を訪うて、どうぞ書生として寄寓させてくれと頼んだ。友人はすでに家には書生もおり新たに入れる余地がないと断り、かつまた上京するときの目的がはなはだ明らかならぬゆえ、この青年に帰国を勧告したが、彼は旅費がないから帰国されぬという。友人も、 「君とこうして談するのも他生の縁であろう。君が親もとに帰る考えがあるなら失敬ながら旅費は僕が手伝おう」 というや、青年は毅然として、 「私は独立を重んじます。旅費などは貰いたくありません」 と立派にいいきった。これを聞いた友人は奇異の思いをなし、青年に、 「君は独立をたいそう重んずるようで、まことに結構であるが、果たして独立の意味が分かっているか。一時旅費を立替えてもらうのが独立を失うと思うはあながち咎むべきでない。それくらいの考えはむしろ持ってもらいたい。しかるにそれほど独立を重んずる君が、すでに二、三日前より毎日二、三時間を費して僕に求むることは、決して独立を重んずる精神とは受取りがたい。君が僕の家に置いてくれと要求する意味は、雨露を防ぐの方法を与え、三度の食事を今後一年二年ないし五年十年とも寄食させよというのではないか。仮りに一年としてもこれを金銭に換算したら君に提供した旅費の何倍かに当たる。少額を受取れば独立を害し、多額を受ければ独立自重の心を害さぬ理由は解しがたい」 と説いたそうである。
現代語訳
かつて、ある青年が私の友人を訪ねて、どうか書生として住まわせてほしいと頼みました。友人は、すでに家には書生がいて新たに入れる余地がないと断り、また上京する際の目的がはなはだ明らかでないので、この青年に帰郷を勧めました。ところが青年は、旅費がないから帰れないと言います。友人も、 「君とこうして話すのも何かの縁だろう。君が親元に帰る気があるなら、失礼ながら旅費は僕が手伝おう」 と言うと、青年は毅然として、 「私は独立を重んじます。旅費などはいただきたくありません」 と立派に言い切りました。これを聞いた友人は奇妙に思い、青年に、 「君は独立をたいそう重んじるようで、まことに結構だが、はたして独立の意味が分かっているのか。一時、旅費を立て替えてもらうのが独立を失うことだと思うのは、あながち咎めるべきではない。それくらいの考えは、むしろ持ってもらいたい。ところが、それほど独立を重んじる君が、すでに二、三日前から毎日二、三時間をかけて僕に求めていることは、決して独立を重んじる精神とは受け取りがたい。君が僕の家に置いてくれと要求する意味は、雨露をしのぐ方法を与え、三度の食事を、今後一年、二年、あるいは五年、十年と寄食させてくれということではないか。仮に一年としても、これを金銭に換算すれば、君に提供しようとした旅費の何倍にもなる。少額を受け取れば独立を害し、多額を受ければ独立自重の心を害さない理由は、理解しがたい」 と説いたそうです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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自警録・第九章 心の独立と体の独立・心の独立と体の独立とは密着今ここにかくのごとき愚かな子供談をし、しかも自己の恥を曝すのは、この経験が永く僕の頭に留まり、四十年後の今日もこれを追懐すれば、自分が生来短慮なりしことを明らかにすると同時に、種々の教訓を受くるのである。 表題の心の独立と体の独立ということもその一つである。僕が友人に対して俺の飯を食いながら反対するのはけしからんという一喝は、たしかに僕の根性の曲を曝露する。しかるにこれが十二、三歳の腕白小僧の一時の感情にとどまるか、はたまた天下万民の心の内にもこういう考えが潜めるかと問わば、右のごとく露骨にいわずとも、人を使う人の心中深く潜伏する考えではあるまいか。また使わるる人の心にも同じくこの思想が存在しておりはせぬか。換言すれば俸禄をもって他人の身体を抑える者は、心そのものをも制し得る考えをもってする者が多くありはせぬか。俸禄を受ける者は知らず知らずのうちに心まで自分の主人のために奪われることはありはせぬか。 さらに具体的にいえば知人の恩恵によりて位地を得、俸給を受くる者は、その知人あるいはその上官・社長・重役らの説に心ならずも服従し、反対説あるもこれを述ぶることを憚り、また彼らの行動をいさぎよしとせざることあるもこれを黙認し、あるいはかえって進んでこれを弁護することありはせぬか。 先般ある会社の重役が検挙せられたときの談を聞くに、部下の者は始めて日ごろよりいだいていた重役に対する不満を述べたという。日ごろそれほどその人の人格手腕に対し疑いを有したならば、何ゆえに予め警戒しなかったかと思えば、非難する人の人格そのものも疑わしくなる。また役所などで上官が代れば部下の者が後任者を迎うるに前任者の棚卸しをもってするは常にあることで、それほど宜くなければ交替前に何ゆえに前任者に注意しなかったかと思えば、陰口をいう者の人格の下劣にして、些の俸禄のために心の独立を失い、口に言わんと欲することを得言わず、はなはだしきは心に思わんと欲することさえも、まったく思わず、機械的に否奴隷的に使われていたと思わざるを得ぬ。体の独立はなくとも、心にさえ独立していればよい、たとえ体は束縛せられていても、精神が自主的観念をいだいていればよいなどというが、心の自由と体の自由とは関係がすこぶる密着して離し得ぬ場合が多い。
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自警録・第九章 心の独立と体の独立・使わるる者必ずしも独立を失わぬ僕は決して先輩の家庭に寄食するをもって独立を失えるものとは言わぬ。僕の家にも書生はいる。この人をもって独立なきものとは思わぬ。なんとなれば書生が家にいることは僕の便利であり楽しみであり、否必要であるゆえ頼んでも家に居らしむる。書生もまた同じく思うゆえ、互いに申合せて同居するのである。動物学者の symbiosis と称する生活を同じゅうする共棲的現象である。ゆえに置く人も独立を失わず、置かるる人も独立を失う訳はない。そこで役所に使わるる者も会社に働く者も、俸給を受けるからとて、必ずしもそれだけで身の独立を失うものでない。また実際の手続きとしては被傭者は志願し会社に入る。しかして志願すといえば一方よりのみ頼み、会社の恩恵のみを受けているように聞こゆるも、実は会社は世の有為なる青年に向かって入ってくれと頼むようにも思われる、いわゆる需要と供給との相互に応じ合ったことである。 かくのごとき場合には契約の両者が依然として独立の心を失わぬのである。また身は一見縛られているようであるが、一方の嫌というのを縛るのでなく、自由の契約である。自分の心に面白くなしとあればその契約を解くことも出来る。役人も国家の命令により身を縛られるとは論ずるものの、あくまでも心の盲従を要求されない。いかに国家の命令とはいえ、役人にして国家の為す所に腑に落ちぬことがあれば、その命令を拒むことは出来なくとも、自分より進んで職を辞することは出来る。
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自警録・第九章 心の独立と体の独立・身は縛られても心は独立凡人の情なさには、僕の身の自由を制裁し得る人、すなわち僕の生活の道を制する人はついに僕の心までも制裁するにいたる虞がある。先に述べた友人は少年ながらもこの事を知りしゆえ擲らるるままに恥を忍んで去った。今にしてこれを顧みれば気の毒だと思う。さりとてまったく余の奴隷にならなかったのは、翌日相当の礼を述べ下宿を代えたからである。彼に転宿する余裕ありしゆえ、心の独立を失わなかったが、この余力なき人はますます根性が卑屈となる。折々僕も見ることであるが、役人にしてその位地が堅固なりと思うあいだは随分勝手な口をきき、いつ辞めても天下を濶歩する意気込みを現すも、一たび辞職を勧告さるればたちまち態度を変え、即日より上官のことを噂するにも敬語を用い、一夜にしてかくまでも変化するかと驚くことがある。 かくいったからとて人間の心の中に唯物的拝金的卑屈なる根性があって、体の制裁によって心が左右さるるものだと断言することは出来ぬ。五斗米のために身を屈しても身を枉げても、心はどこまでも直立独歩する者もある。むかし耶蘇教の弟子パウロは新しき宗教を奉じた咎をもって捕縛せられ笞うたれ、獄に投ぜられ種々の苦を受けたが、ついに国王の前に呼び出され、御前裁判を受けたとき、傷だらけの体を縛られたまま、 「我は実にみずから幸福なものと思う。願わくは殿下もこの繩を除いてはまったく我の如くあられんことを」 といった。この気象は身こそ自由ならざれ心に独立あるものである。 またむかし武田勝頼が三河の長篠城を囲み、城中食尽きもはや旬日を支え得なかった時、鳥居強右衛門が万苦を冒して重囲を潜り、徳川家康に見えて救いを乞い、再び城に帰らんとして武田軍に擒えられ、城に向かい、援軍来らぬと告げよと命ぜられ、送られて城下に至った時、城を仰いで大声に主公の大軍すでに出発したれば来援三日を出でぬであろう、諸君努力せよと叫んだ。ために、身は乱刀雨下に寸断せられたが、心の独立はついに侵されなかった。一指だも動かされぬほど縛られながらも、なお心中に言わんと欲することを敢然として口に出すがごときは、真の心の独立で、百万の敵も彼の口を塞ぐごとはできぬ。いわんや彼の心を屈するにおいてをや。
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自警録・第九章 心の独立と体の独立・友人を擲った少年時代の追懐この問題は永く僕の心に蟠っているもので、今日もまだことごとく解決したとは断言しかねるが、近ごろことに感じたこともあるから、愚考を述べて世人の教えを乞いたい。 話の順序として自己の恥曝しから始めたい。僕が十三、四のころであった。まだ東京英語学校に、下宿から通学していたとき、友人某が九州の親許より来る学資金が後れたために寄宿料、食料、月謝の支払いに滞りが起こり大いに当惑せるを見、僕は彼を自分の下宿につれて来たことがある。かくいうといかにも義侠心ありげに聞こえるが、実は日ごろ親しく交われる友人間のことゆえ、一時の急を救わんとする自然の友情より起こったことで、あながち誇るべきことではないが、これに反し僕が彼に対する態度は実に恥ずべきものがあった。 それはある夜同室に枕をならべて眠りにつきながらの話に、ワシントンと楠正成との比較論が始まり、僕が楠公を愛国者と称したのを、彼はこれを訂正し、楠公は愛国者でなく忠臣だといった。彼は僕より二歳年長であり、かつ漢学の素養も、より多くあったので、文字の遣い方も正しく、また彼の議論も今より顧みれば正当であったが、なに思いけん僕は突然床よりムッと起き上がり、彼の上に馬乗りに乗り、彼の頭を目がけて鉄拳を食わし、 「俺の飯を食ってるくせに、なぜ反対するか」 と怒鳴ったことがある。彼は僕より躯幹長大にして、活発にかつ短気の男であったが、この時ばかりは何も手向かいだもせず、擲られたままにその夜を過ごし、翌日は丁寧に礼を述べ他の下宿に移ったことがある。
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『学問のすゝめ』十六編・手近く独立を守ること・独立の義に縁なきように思わるることにも品物につきての独立とは、世間の人が銘々に身代を持ち、銘々に家業を勤めて、他人の世話厄介にならぬよう、一身一家内の始末をすることにて、一口に申せば人に物を貰わぬという義なり。有形の独立は右のごとく目にも見えて弁じやすけれども、無形の精神の独立に至りては、その意味深く、その関係広くして、独立の義に縁なきように思わるることにもこの趣意を存して、これを誤るものはなはだ多し。細事ながら左にその一ヵ条を撮りてこれを述べん。
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自警録・第九章 心の独立と体の独立・風俗習慣に逆らうは独立にあらずなお心の独立と思い違いやすきことは風俗習慣に逆らいさえすれば心の独立を現すもののごとく思う一条である。通常の服より違った衣を着れば、独特の人才にでもあるかのように思う人も少なくない。髪を長くしてみたり、赤い着物で外出したり、一本歯の下駄を履いたりすることは、馬鹿でもやり得ることで、心の独立を崇める値いはない。人が社会に住んでいるあいだは法律のほかに世俗の制裁を受けねばならぬ。もっとも世の要求することなら何でもこれに従えというではない。みずから反りみて縮からば千万人といえども、吾れ往かんとの独立自重の心は誰人にもなくてはならぬけれども、いわばどちらでも好いことに角立てて世俗に反抗するほどの要なきものが多い。風俗習慣の中には主義として争うに足らぬものがたくさんある。 佐藤一斎の『言志四録』に曰く、 「寛懐俗情に忤らざるは和なり、立脚俗情に墜ちざるは介なり」 と。この簡単なる一言をもってよく吾人の世に対する関係を尽している。 心の独立を計るに身を世俗より去る必要はない。むしろ世に入り込んで独立の実を揚ぐべきこそ吾人も務めであれ。味わうべきは左の歌である。 山深く何かいほりを結ぶべき心の中に身はかくれけり 座禅せば四条五条の橋の上ゆき来の人を深山木と見て