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自警録 / 第九章 心の独立と体の独立・心の独立と体の独立とは密着

今ここにかくのごとき愚かな子供談をし、しかも自己の恥を曝すのは、この経験が永く僕の頭に留まり、四十年後の今日もこれを追懐すれば、自分が生来短慮なりしことを明らかにすると同時に、種々の教訓を受くるのである。 表題の心の独立と体の独立ということもその一つである。僕が友人に対して俺の飯を食いながら反対するのはけしからんという一喝は、たしかに僕の根性の曲を曝露する。しかるにこれが十二、三歳の腕白小僧の一時の感情にとどまるか、はたまた天下万民の心の内にもこういう考えが潜めるかと問わば、右のごとく露骨にいわずとも、人を使う人の心中深く潜伏する考えではあるまいか。また使わるる人の心にも同じくこの思想が存在しておりはせぬか。換言すれば俸禄をもって他人の身体を抑える者は、心そのものをも制し得る考えをもってする者が多くありはせぬか。俸禄を受ける者は知らず知らずのうちに心まで自分の主人のために奪われることはありはせぬか。 さらに具体的にいえば知人の恩恵によりて位地を得、俸給を受くる者は、その知人あるいはその上官・社長・重役らの説に心ならずも服従し、反対説あるもこれを述ぶることを憚り、また彼らの行動をいさぎよしとせざることあるもこれを黙認し、あるいはかえって進んでこれを弁護することありはせぬか。 先般ある会社の重役が検挙せられたときの談を聞くに、部下の者は始めて日ごろよりいだいていた重役に対する不満を述べたという。日ごろそれほどその人の人格手腕に対し疑いを有したならば、何ゆえに予め警戒しなかったかと思えば、非難する人の人格そのものも疑わしくなる。また役所などで上官が代れば部下の者が後任者を迎うるに前任者の棚卸しをもってするは常にあることで、それほど宜くなければ交替前に何ゆえに前任者に注意しなかったかと思えば、陰口をいう者の人格の下劣にして、些の俸禄のために心の独立を失い、口に言わんと欲することを得言わず、はなはだしきは心に思わんと欲することさえも、まったく思わず、機械的に否奴隷的に使われていたと思わざるを得ぬ。体の独立はなくとも、心にさえ独立していればよい、たとえ体は束縛せられていても、精神が自主的観念をいだいていればよいなどというが、心の自由と体の自由とは関係がすこぶる密着して離し得ぬ場合が多い。

書き下し

今ここにかくのごとき愚かな子供談をし、しかも自己の恥を曝すのは、この経験が永く僕の頭に留まり、四十年後の今日もこれを追懐すれば、自分が生来短慮なりしことを明らかにすると同時に、種々の教訓を受くるのである。 表題の心の独立と体の独立ということもその一つである。僕が友人に対して俺の飯を食いながら反対するのはけしからんという一喝は、たしかに僕の根性の曲を曝露する。しかるにこれが十二、三歳の腕白小僧の一時の感情にとどまるか、はたまた天下万民の心の内にもこういう考えが潜めるかと問わば、右のごとく露骨にいわずとも、人を使う人の心中深く潜伏する考えではあるまいか。また使わるる人の心にも同じくこの思想が存在しておりはせぬか。換言すれば俸禄をもって他人の身体を抑える者は、心そのものをも制し得る考えをもってする者が多くありはせぬか。俸禄を受ける者は知らず知らずのうちに心まで自分の主人のために奪われることはありはせぬか。 さらに具体的にいえば知人の恩恵によりて位地を得、俸給を受くる者は、その知人あるいはその上官・社長・重役らの説に心ならずも服従し、反対説あるもこれを述ぶることを憚り、また彼らの行動をいさぎよしとせざることあるもこれを黙認し、あるいはかえって進んでこれを弁護することありはせぬか。 先般ある会社の重役が検挙せられたときの談を聞くに、部下の者は始めて日ごろよりいだいていた重役に対する不満を述べたという。日ごろそれほどその人の人格手腕に対し疑いを有したならば、何ゆえに予め警戒しなかったかと思えば、非難する人の人格そのものも疑わしくなる。また役所などで上官が代れば部下の者が後任者を迎うるに前任者の棚卸しをもってするは常にあることで、それほど宜くなければ交替前に何ゆえに前任者に注意しなかったかと思えば、陰口をいう者の人格の下劣にして、些の俸禄のために心の独立を失い、口に言わんと欲することを得言わず、はなはだしきは心に思わんと欲することさえも、まったく思わず、機械的に否奴隷的に使われていたと思わざるを得ぬ。体の独立はなくとも、心にさえ独立していればよい、たとえ体は束縛せられていても、精神が自主的観念をいだいていればよいなどというが、心の自由と体の自由とは関係がすこぶる密着して離し得ぬ場合が多い。

現代語訳

今、こんな愚かな子供の話をし、しかも自分の恥をさらすのは、この経験が長く私の頭に残り、四十年後の今日もこれを思い出すと、自分が生まれつき短気であったことが明らかになると同時に、さまざまな教訓を受けるからです。 表題の、心の独立と体の独立ということも、その一つです。私が友人に対して、俺の飯を食いながら反対するとはけしからんと一喝したのは、確かに私の根性の曲がりを露呈しています。しかし、これが十二、三歳の腕白小僧の一時の感情にとどまるのか、それとも世の人々の心の内にも、こういう考えが潜んでいるのかと問えば、これほど露骨には言わなくても、人を使う人の心の奥深くに潜む考えではないでしょうか。また、使われる人の心にも、同じ思想が存在してはいないでしょうか。言い換えれば、俸禄によって他人の身体を抑える者は、心そのものまで制することができると考えている者が多くはないでしょうか。俸禄を受ける者は、知らず知らずのうちに、心まで自分の主人に奪われてはいないでしょうか。 さらに具体的に言えば、知人の恩恵によって地位を得て俸給を受ける者は、その知人やその上官、社長、重役らの説に、心ならずも服従し、反対の説があってもそれを述べることを憚り、また彼らの行動を潔しとしないことがあっても黙認し、あるいはかえって進んでこれを弁護することはないでしょうか。 先ごろ、ある会社の重役が検挙されたときの話を聞くと、部下の者たちは、そこで初めて、日ごろ重役に対して抱いていた不満を述べたといいます。日ごろからその人の人格や手腕を疑っていたなら、なぜ前もって警戒しなかったのかと思えば、非難する人の人格そのものも疑わしくなります。また役所などで上官が代わると、部下の者が後任者を迎えるのに前任者の棚卸しをするのは常のことで、それほど良くなかったなら、交代の前になぜ前任者に注意しなかったのかと思えば、陰口をいう者の人格の下劣さと、わずかな俸禄のために心の独立を失い、口に言いたいことを言えず、はなはだしくは心に思いたいことさえまったく思わず、機械的に、いや奴隷的に使われていたと思わざるを得ません。体の独立がなくとも心さえ独立していればよい、たとえ体は束縛されていても精神が自主的であればよい、などと言いますが、心の自由と体の自由は、きわめて密着して離せない場合が多いのです。

解説

新渡戸は、飯を食わせる者が意見まで従わせようとする心理は、少年の癇癪にとどまらず、人を使う側の深層にあると見ます。同時に、使われる側も、俸給のために心まで主人に預けてしまう危険があります。重役が検挙されてから不満を語る部下や、前任者を棚卸しする後任の例が鋭い。言うべき時に言わなかった人の陰口は信用されません。生活の基盤を握られても、意見を持ち、時機に言うことが心の独立の第一歩です。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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本の中身を見る

この章句が説くこと

心の独立体の独立俸禄服従陰口奴隷的

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