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自警録 / 第八章 世に蔓延る者は憎まる・善事の背後にも敵がある

ついでに加えて述べたきことは、与一の場合にも彼が扇を覗うあいだには、必ず彼の失敗を祈ったものがあったであろう。しかもそれは平家方のみでなかったであろう。また奥州より出て来たあの田舎武士が、御大将の眼前で晴れの武術を示すなど分に過ぎたる果報者だと羨んだものもあったろう。また彼の技倆を疑える者は、彼が遣り損えばよい、自分が代って見事に遣って見ようというものもあったであろう。あまり邪推をまわすようではあるが、ふつうの人情より考えてかくありそうに思われる。彼が成功したと同時に、大喝采を受けたことは歌にも歴史にも記してある通りであるが、またその後においてただちに彼の名誉を傷つけんとしたり、彼を怨み嫉んだ者から見れば、彼が人目を惹き世にはびこったことを喜ばぬものがいかに多かったであろう。 わが輩は話にまぎれてとかく昔時のことのみを述べたが、我々が今日においてしかも毎日、些細なことにおいてもそれぞれに所信と決心とをつらぬくにはどこかに喜ばぬ人あり、確かに自分と衝突しているものがあると覚悟する必要がある。僕は性来臆病なるゆえ、僕自身の為すことにおいてこれは万遍なく済んだなと思うごとに、その結果、必ず不愉快なることを数多聞かねばならぬと思わぬことはない。またたまたま善事を為したと心の底に喜ぶときに、これがためにいかなるところに、いかなる人が如何なることを企て、この善事を覆さんとするものがあろうと、恐れを懐かぬことはない。 こういう考えが善いというのではない。聖人ならこんな考えなく、何の憚るところなく善事を行るであろうが、普通人はしばしば善事をするのでなく、たまたま衷心より世のためだと思うことをすると、一方に臆病の考えが起こり、これを害する人も必ず起こると覚悟するを要す。僕自身のわずかの経験においてもそういうことが多い。しかしてまた世上聖人君子が少なき以上、同じ経験を履めるものが多いであろう。

書き下し

ついでに加えて述べたきことは、与一の場合にも彼が扇を覗うあいだには、必ず彼の失敗を祈ったものがあったであろう。しかもそれは平家方のみでなかったであろう。また奥州より出て来たあの田舎武士が、御大将の眼前で晴れの武術を示すなど分に過ぎたる果報者だと羨んだものもあったろう。また彼の技倆を疑える者は、彼が遣り損えばよい、自分が代って見事に遣って見ようというものもあったであろう。あまり邪推をまわすようではあるが、ふつうの人情より考えてかくありそうに思われる。彼が成功したと同時に、大喝采を受けたことは歌にも歴史にも記してある通りであるが、またその後においてただちに彼の名誉を傷つけんとしたり、彼を怨み嫉んだ者から見れば、彼が人目を惹き世にはびこったことを喜ばぬものがいかに多かったであろう。 わが輩は話にまぎれてとかく昔時のことのみを述べたが、我々が今日においてしかも毎日、些細なことにおいてもそれぞれに所信と決心とをつらぬくにはどこかに喜ばぬ人あり、確かに自分と衝突しているものがあると覚悟する必要がある。僕は性来臆病なるゆえ、僕自身の為すことにおいてこれは万遍なく済んだなと思うごとに、その結果、必ず不愉快なることを数多聞かねばならぬと思わぬことはない。またたまたま善事を為したと心の底に喜ぶときに、これがためにいかなるところに、いかなる人が如何なることを企て、この善事を覆さんとするものがあろうと、恐れを懐かぬことはない。 こういう考えが善いというのではない。聖人ならこんな考えなく、何の憚るところなく善事を行るであろうが、普通人はしばしば善事をするのでなく、たまたま衷心より世のためだと思うことをすると、一方に臆病の考えが起こり、これを害する人も必ず起こると覚悟するを要す。僕自身のわずかの経験においてもそういうことが多い。しかしてまた世上聖人君子が少なき以上、同じ経験を履めるものが多いであろう。

現代語訳

ついでに述べておきたいことがあります。与一の場合にも、彼が扇を狙っているあいだ、きっと彼の失敗を祈った者がいたでしょう。しかもそれは平家方だけではなかったでしょう。また、奥州から出てきたあの田舎武士が、大将の目の前で晴れの武芸を見せるなど、身に過ぎた幸運者だと羨んだ者もいたでしょう。また彼の腕前を疑っていた者は、しくじればよい、自分が代わって見事にやってみせよう、と思った者もいたでしょう。あまり邪推を働かせるようですが、普通の人情から考えて、そうありそうに思われます。彼が成功した瞬間に大喝采を受けたことは、歌にも歴史にも記されているとおりですが、その後すぐに彼の名誉を傷つけようとしたり、彼を怨み妬んだりした者から見れば、彼が人目を引いて世に出たことを喜ばない者がどれほど多かったでしょうか。 私は話に紛れて、とかく昔のことばかり述べましたが、私たちが今日、しかも毎日、些細なことでもそれぞれに所信と決心を貫こうとするなら、どこかに喜ばない人がいる、確かに自分と衝突している者がいると覚悟する必要があります。私は生まれつき臆病ですので、自分のすることで、これは万事うまく済んだなと思うたびに、その結果、必ず不愉快なことを数多く聞かされるだろうと思わないことはありません。また、たまたま善いことをしたと心の底で喜ぶときも、これを覆そうとして、どこかで誰かが何かを企んでいるのではないかと、恐れを抱かないことはありません。 こういう考えが善いというのではありません。聖人ならこんな考えはなく、何も憚ることなく善事を行うでしょうが、普通の人は、しばしば善事をするのではなく、たまたま心から世のためだと思うことをすると、一方で臆病な考えが起こり、これを害する人も必ず現れるだろうと覚悟する必要があります。私自身のわずかな経験でも、そういうことが多くありました。そして世に聖人君子が少ない以上、同じ経験をした人も多いでしょう。

解説

新渡戸は、与一の成功の陰にも、失敗を祈る者や嫉む者がいたはずだと推測します。そして、善いことをするほど、足を引く人が現れると覚悟せよと、自身の臆病さも隠さず語ります。これは、人を疑えという勧めではなく、聖人ならぬ普通の人が善事を続けるための心の備えです。職場でも、改革や新しい提案が反発を生むのは自然なことです。反発が出たからといって、自分の判断がすぐ誤りだったとは限りません。
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この章句が説くこと

嫉妬所信覚悟善事臆病普通人

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