自警録 / 第五章 心強くなる工夫・容貌や秘密の暴露は恥とならぬ
これが矯正策としては、顔が醜いとても美顔術をほどこす必要もなかろう。蓼食う虫もある世の中にはまったく棄てる物はない。いかに顔が醜いとても、またそれ相応の天職もあろう。ことに容貌は解剖的のものでなく、心の作用によりては、少なくともその表情を変えることが出来る。そして人の顔色を読むには、骨格肉付きの如何よりも、むしろその表情によることが多い。米国の大統領リンカーンは有名な醜男子であった。しかるに親しくこの人に接したものは、彼の青ざめた顔、大きな口、凹んだ眼を忘れてその慈愛に富んだ表情にのみチャームされた。 顔の改造は出来なくとも、心の改良は出来る。また心を改良すればただちにそれが顔に現るることなくとも、またその見分けのつかぬぐらいの人から親しみを受ける価値もないように思わるるが、何を苦しんでか外部の顔のために進取の気象を奪われ、いたずらに卑屈に引込勝ちになろう、と思えば心も晴々しくなって来る。 また外部に現れぬ秘密の事にしても、道徳上恥ずるに足らぬ秘密ならば、すなわち人には明せられぬが、己れが心に明し、あるいは天に明して恥ずべきことでない秘密ならば、暴露したところでこれまた一場の笑話となるか、愛嬌談となるにとどまり、これがために心を痛め、胸を苦しめ、人に顔見らるるを怖るるにあたらない。 田舎から上京した人は東京風を知らぬゆえに、何かにつき無礼を振舞いはせぬかとどきどきする。自分の心に尋ねて人に無礼を加うる念が毛頭なければ、動作の調わぬことなどは、人も宥すであろう、また自分の良心も必ずこれを宥すものである。
書き下し
これが矯正策としては、顔が醜いとても美顔術をほどこす必要もなかろう。蓼食う虫もある世の中にはまったく棄てる物はない。いかに顔が醜いとても、またそれ相応の天職もあろう。ことに容貌は解剖的のものでなく、心の作用によりては、少なくともその表情を変えることが出来る。そして人の顔色を読むには、骨格肉付きの如何よりも、むしろその表情によることが多い。米国の大統領リンカーンは有名な醜男子であった。しかるに親しくこの人に接したものは、彼の青ざめた顔、大きな口、凹んだ眼を忘れてその慈愛に富んだ表情にのみチャームされた。 顔の改造は出来なくとも、心の改良は出来る。また心を改良すればただちにそれが顔に現るることなくとも、またその見分けのつかぬぐらいの人から親しみを受ける価値もないように思わるるが、何を苦しんでか外部の顔のために進取の気象を奪われ、いたずらに卑屈に引込勝ちになろう、と思えば心も晴々しくなって来る。 また外部に現れぬ秘密の事にしても、道徳上恥ずるに足らぬ秘密ならば、すなわち人には明せられぬが、己れが心に明し、あるいは天に明して恥ずべきことでない秘密ならば、暴露したところでこれまた一場の笑話となるか、愛嬌談となるにとどまり、これがために心を痛め、胸を苦しめ、人に顔見らるるを怖るるにあたらない。 田舎から上京した人は東京風を知らぬゆえに、何かにつき無礼を振舞いはせぬかとどきどきする。自分の心に尋ねて人に無礼を加うる念が毛頭なければ、動作の調わぬことなどは、人も宥すであろう、また自分の良心も必ずこれを宥すものである。
現代語訳
この矯正策としては、顔が醜いからといって美顔術を施す必要もないでしょう。蓼食う虫も好き好きというとおり、世の中には全く捨てるべきものはありません。どれほど顔が醜くても、それ相応の天職があるはずです。まして容貌は解剖学的に決まったものではなく、心の働きによって、少なくとも表情を変えることができます。そして人の顔色を読むには、骨格や肉付きよりも、むしろ表情によることが多いのです。アメリカの大統領リンカーンは有名な醜男でした。しかし親しく接した人は、彼の青ざめた顔、大きな口、くぼんだ目のことを忘れて、慈愛に富んだ表情にだけ魅了されました。 顔を作り変えることはできなくても、心を改良することはできます。また、心を改良してもすぐにそれが顔に現れるとは限らず、見分けもつかないような人から親しまれる価値もないように思われるかもしれませんが、どうして外見の顔のために進取の気性を奪われ、むやみに卑屈になって引っ込んでいなければならないのか、と思えば、心も晴れ晴れとしてきます。 また外に現れない秘密にしても、道徳上恥じるに足りない秘密であれば、人には明かせなくても、自分の心に明かし、天に明かして恥ずかしくない秘密ですから、暴露されたところで一場の笑い話か愛嬌話になるにとどまり、そのために心を痛め、胸を苦しめ、人に顔を見られるのを恐れるには及びません。 田舎から上京した人は東京の風習を知らないので、何かにつけて無礼をしてしまわないかとどきどきします。しかし自分の心に問うて、人に無礼を加えようという気が少しもなければ、動作が整わないことなどは人も許すでしょうし、自分の良心も必ず許してくれるものです。
解説

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