呻吟語 / 内篇・應務・人を戒むると己を戒むると孰れか難き
余少時曾泄當密之語,先君責之,對曰:「已戒聞者使勿泄矣。」先君曰:「子不能必子之口,而能必人之口乎?且戒人與戒己孰難?小子慎之。」
新字:余少時曽泄当密之語,先君責之,対曰:「已戒聞者使勿泄矣。」先君曰:「子不能必子之口,而能必人之口乎?且戒人与戒己孰難?小子慎之。」
書き下し
余少き時曾て當に密なるべきの語を泄らす。先君之を責む。對へて曰く、「已に聞く者を戒めて泄らす勿からしめたり」と。先君曰く、「子は子の口を必する能はずして、能く人の口を必するか。且つ人を戒むると己を戒むると孰れか難き。小子之を慎め」と。
現代語訳
私は若い頃、秘密にすべき話を漏らしたことがあります。父がそれを責めました。答えて言いました。聞いた者には漏らすなと戒めておきました。父が言いました。お前は自分の口を確かにできないのに、人の口を確かにできるのか。そもそも人を戒めるのと自分を戒めるのと、どちらが難しいのか。よく慎みなさい。
解説
口止めをしておいたという弁解を、父が二つの問いで崩します。自分の口すら守れない者が人の口を守れるのか。そして人を戒めるのと自分を戒めるのでは、どちらが難しいのか。どちらも答えは明らかで、弁解の前提が消えます。若い日の失敗として記録されているぶん、教訓が生きた形で伝わる一段です。若い日の失敗として、教訓が生きた形で伝わる一段です。
この章句が説くこと
秘密口止め弁解自戒父
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