自警録 / 第四章 外は柔、内は剛・剛柔、分を守りて人格が円満
さて心の剛柔とは、すでに前に女という字についていえるごとく、善意にも悪意にも解せられる。剛が過ぎれば剛情となり、頑固となり、意気地となる。柔に過ぐれば木偶となり、薄志弱行となる。極端に失すればいずれも悪しくなるが、度に過ぎぬ以上は、すべからく剛毅でなければならぬ。 自分の所信を貫徹するためには、一たび固めた決心を抂げぬ、あくまでも、左右の言にも耳を借さずに猛進するくらいの強いところが必要である。さればといって、剛ばかりで、慈悲もなく、人情も捨て、全然柔和のところを失えば、これ他人に不幸を与うるのみならず、自分も心の全部を尽すわけに行かぬから、つねに不幸を感ずる。剛柔が能くその分を守りその調和を保ちて、はじめて円満なる人格を作り上げる。
書き下し
さて心の剛柔とは、すでに前に女という字についていえるごとく、善意にも悪意にも解せられる。剛が過ぎれば剛情となり、頑固となり、意気地となる。柔に過ぐれば木偶となり、薄志弱行となる。極端に失すればいずれも悪しくなるが、度に過ぎぬ以上は、すべからく剛毅でなければならぬ。 自分の所信を貫徹するためには、一たび固めた決心を抂げぬ、あくまでも、左右の言にも耳を借さずに猛進するくらいの強いところが必要である。さればといって、剛ばかりで、慈悲もなく、人情も捨て、全然柔和のところを失えば、これ他人に不幸を与うるのみならず、自分も心の全部を尽すわけに行かぬから、つねに不幸を感ずる。剛柔が能くその分を守りその調和を保ちて、はじめて円満なる人格を作り上げる。
現代語訳
さて、心の剛柔とは、すでに前に「女」という字について述べたとおり、よい意味にも悪い意味にも解されます。剛が過ぎれば、剛情となり、頑固となり、意地っ張りとなります。柔が過ぎれば、でくの坊となり、意志薄弱で実行力のない人となります。極端に走ればどちらも悪くなりますが、度を過ぎない限りは、およそ剛毅でなければなりません。 自分の信ずるところを貫き通すためには、一度固めた決心を曲げず、あくまで左右の言葉にも耳を貸さずに突き進むほどの強さが必要です。かといって、剛ばかりで慈悲もなく、人情も捨て、まったく柔和な点を失えば、他人に不幸を与えるだけでなく、自分も心のすべてを尽くすことができないので、いつも不幸を感じます。剛と柔がそれぞれ分を守って調和を保ってこそ、はじめて円満な人格が作り上げられるのです。
解説

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