韓非子 / 亡徵第十五
很剛而不和、愎諫而好勝、不顧社稷而輕為自信者、可亡也。
新字:很剛而不和、愎諫而好勝、不顧社稷而軽為自信者、可亡也。
書き下し
很剛にして和せず、諫めに愎りて勝つことを好み、社稷を顧みずして、軽々しく自ら信と為す者は、亡ぶ可きなり。
現代語訳
頑固で人と調和せず、諫言を拒んで勝つことを好み、国家(社稷)を顧みずに軽々しく自分の意見を信じる者は、滅亡する可能性がある。
解説
頑固で人と折り合おうとせず、諫める言葉には意固地になって耳を貸さず、議論で相手を打ち負かすことばかりを好み、家や集まり全体の行く末を顧みずに、軽々しく自分の考えだけを正しいと思い込む。そのような人は、いずれ立ち行かなくなると韓非は述べています。会社の上司だけでなく、家庭で家族の意見を聞かない親、地域の集まりで反対意見を頭ごなしに退ける世話役にも通じる話です。周りが心配して伝えてくれる忠告を屁理屈と切り捨て、言い負かして黙らせることに満足していると、次第に誰も本音を言わなくなります。人の知恵を借りずに一人で決め続ける人は、自分では気づかないうちに、まわりの支えを失い、いずれ大きな過ちを防げなくなってしまうのです。
この章句が説くこと
ワンマン裸の王様傾聴頑固独善諫言
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説苑・反質秦の始皇既に天下を兼ねて、大いに侈靡し、位に即くこと三十五年猶お息まず、大馳道を治め、九原自り雲陽に抵り、山を塹り谷を堙めて直に之に通ず。先王の宮室の小なるを厭い、乃ち豐鎬の間、文武の處に於て、朝宮を營作す、渭南の山林苑中に前殿を作る、阿房東西五百步、南北五十丈、上は萬人を坐すべく、下は五丈の旗を建つべし、周りに閣道を為す。殿自り直ちに南山の嶺に抵りて以て闕と為し、複道を為し、阿房自り渭水を渡りて咸陽に屬し、以て天極に象り、閣道漢を絕ち、營室に抵るなり。又驪山の役を興し、三泉の底を錮め、關中の離宮三百所、關外四百所、皆鐘磐帷帳、婦女倡優有り。石闕を東海上朐山の界中に立て、以て秦の東門と為す。是に於て方士韓客侯生、齊客盧生有り、相與に謀りて曰く、「當今の時は以て居るべからず、上は刑殺を以て威と為すを樂しみ、天下罪を畏る。祿を持して敢えて盡忠せず、上は過を聞かずして日に驕り、下は懾伏して以て慢欺して容を取り、諫者用いられずして道を失うこと滋よ甚し。吾が黨久しく居らば、且に害せらる所と為らんとす。」乃ち相與に亡げ去る。始皇之を聞きて大いに怒り、曰く、「吾異日盧生を厚くし、爵を尊びて之に事えしむ、今乃ち我を誹謗す、吾諸生多く妖言を為して以て黔首を亂すと聞く。」乃ち御史をして悉く諸生を上げしむ、諸生傳えて相い告げ、法を犯す者四百六十餘人、皆之を坑にす。盧生は得ず、而して侯生後に得らる、始皇之を聞きて、召して之に見え、阿東の臺に升り、四通の街に臨み、將に數えて之を車裂かんとす。始皇侯生を望見して、大いに怒りて曰く、「老虜不良、而が主を誹謗し、迺ち敢えて復た我に見ゆるか!」侯生至りて、臺を仰ぎて言いて曰く、「臣聞く、死を知れば必ず勇なりと、陛下臣の一言を聽くを肯んぜんか?」始皇曰く、「若何をか言わんと欲する?之を言え!」侯生曰く、「臣聞く、禹誹謗の木を立つるは、以て過を知らんと欲すればなり。今陛下奢侈にして本を失い、淫泆にして末に趨き、宮室臺閣、連屬增累し、珠玉重寶、積襲して山を成し、錦繡文采、府に滿ちて餘り有り、婦女倡優、數巨萬人、鍾鼓の樂、流漫窮まり無く、酒食珍味、盤錯して前に有り、衣服輕暖、輿馬文飾、以て自ら奉ずる所、麗靡爛熳、勝げて極むべからず。黔首匱竭し、民力單盡し、尚お自ら知らず、又誹謗を急にし、嚴威もて下を克ち、下喑上聾、臣等故に去れり。臣等は臣が身を惜しまず、陛下の國の亡ぶるを惜しむのみ。聞く古の明王は、食は以て飽くに足り、衣は以て暖なるに足り、宮室は以て處るに足り、輿馬は以て行くに足る、故に上は天に棄てられず、下は黔首に棄てられず。堯は茅茨剪らず、采椽斲らず、土階三等にして、身を終うるまで樂しみし者は、俗其の文采の少なくして、質素の多きを以てなり。丹朱傲虐にして慢淫を好み、理化を修めず、遂に以て升らず。今陛下の淫、丹朱に萬し昆吾桀紂に十す、臣陛下の十亡を恐る、而して曾て一存だにせず。」始皇默然として之を久しくし、曰く、「汝何ぞ早く言わざる?」侯生曰く、「陛下の意、方に青雲に乘りて文章の觀に飄搖し、自ら賢とし自ら健とし、上五帝を侮り、下三王を凌ぎ、素樸を棄て、末技に就く、陛下の亡徵見えて久し。臣等言うも益無きを恐れ、而して自ら死を取る、故に逃れて敢えて言わず。今臣必ず死す、故に陛下の為に之を陳ぶ、陛下をして亡びざらしむる能わずと雖も、陛下自ら知らしめんと欲す。」始皇曰く、「吾以て變ずべきか?」侯生曰く、「形已に成れり、陛下坐して亡を待つのみ!若し陛下之を更めんと欲せば、能く堯と禹との如くならんか?然らずんば冀む無し。陛下の佐も又非なり、臣陛下の之を變ずるも存する能わざるを恐る。」始皇喟然として歎じ、遂に釋きて誅せず。後三年始皇崩ず、二世位に即き、三年にして秦亡ぶ。
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