自警録 / 第四章 外は柔、内は剛・曲解されたる教訓
なおこれと関連して世に誤解された教訓は、「巧言令色鮮かな仁」ということである。言語を鄭重にしたり温和にすれば、すぐに巧言と解し、威儀をもって語れば令色と曲解し、すぐに鮮かな仁と結論をくだす。この苛酷なる判決を避けるために、言を巧にし色を令くせんとする者も、つとめて荒あらしくする風がある。心の内と外の風采と一致せぬことは、西洋よりも日本において最も烈しい。 僕は今このことについて善悪を議論せんとするものでない。事実がかくあると単純に剛柔の区別につき一言したいのである。往事の書生が、なるべく外貌を粗暴にし、衣はなるべく短くし、髪はなるべく梳らず、足はなるべく足袋を穿かなかったような、粗暴の風采はなさぬ人が多かろう。ゆえに外貌のことにつきここにかれこれいう必要はなかろうと思う。僕がここに剛柔を説くにも、外貌に現れた剛柔と説かんとしない。ことに実業に従事する者のうちにも、 「商人の、道に賢き笑い様」 商業のごとく客を相手にする職業にある人は損得の関係上からも外貌をなるたけ柔和にし、もって人を惹きつけるにつとめるから、なおさら外貌のことを述ぶる必要はあるまいと思う。これらの点に関してはむしろ学生に述ぶべきことゆえ、今はここにこれを見合わす。
書き下し
なおこれと関連して世に誤解された教訓は、「巧言令色鮮かな仁」ということである。言語を鄭重にしたり温和にすれば、すぐに巧言と解し、威儀をもって語れば令色と曲解し、すぐに鮮かな仁と結論をくだす。この苛酷なる判決を避けるために、言を巧にし色を令くせんとする者も、つとめて荒あらしくする風がある。心の内と外の風采と一致せぬことは、西洋よりも日本において最も烈しい。 僕は今このことについて善悪を議論せんとするものでない。事実がかくあると単純に剛柔の区別につき一言したいのである。往事の書生が、なるべく外貌を粗暴にし、衣はなるべく短くし、髪はなるべく梳らず、足はなるべく足袋を穿かなかったような、粗暴の風采はなさぬ人が多かろう。ゆえに外貌のことにつきここにかれこれいう必要はなかろうと思う。僕がここに剛柔を説くにも、外貌に現れた剛柔と説かんとしない。ことに実業に従事する者のうちにも、 「商人の、道に賢き笑い様」 商業のごとく客を相手にする職業にある人は損得の関係上からも外貌をなるたけ柔和にし、もって人を惹きつけるにつとめるから、なおさら外貌のことを述ぶる必要はあるまいと思う。これらの点に関してはむしろ学生に述ぶべきことゆえ、今はここにこれを見合わす。
現代語訳
これと関連して、世の中で誤解された教訓が、「巧言令色、鮮なし仁」ということです。言葉遣いを丁寧にしたり穏やかにしたりすると、すぐに巧言と解し、威儀をもって語ると令色と曲解し、すぐに「仁は少ない」と結論を下します。この苛酷な判決を避けるために、言葉を飾り顔色をよくしようとする者も、つとめて荒々しくふるまう風があります。心の内と外の風采とが一致しないことは、西洋より日本のほうがもっとも激しいのです。 私は今このことについて善し悪しを議論しようとするのではありません。事実がこうであると、剛柔の区別について単純に一言したいのです。昔の書生がなるべく外見を粗暴にし、着物はなるべく短くし、髪はなるべく梳かさず、足袋もなるべく履かなかったような、粗暴な身なりをする人は、今は少ないでしょう。ですから外見のことについてあれこれ言う必要はないと思います。私がここで剛柔を説くのも、外見に現れた剛柔を説こうとするのではありません。とくに実業に従事する者のうちには、 「商人の、道に賢き笑い様」 (商人は、道に通じて賢い笑い方をするものだ) とあるように、商売のように客を相手にする職業の人は、損得の関係からも外見をなるべく柔和にして人を惹きつけようと努めますから、なおさら外見のことを述べる必要はないでしょう。これらの点はむしろ学生に述べるべきことですので、今はここでは見合わせます。
解説

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論語・学而篇子曰く、「巧言令色、鮮なし仁。」
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論語・公冶長篇子曰く、巧言・令色・足恭は、左丘明之を恥ず、丘も亦た之を恥ず。怨みを匿して其の人を友とするは、左丘明之を恥ず、丘も亦た之を恥ず。
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『論語と算盤』常識と習慣・親切らしき不親切いかに傾国の美人といえども、汚穢を蒙っていては、誰とて側へ寄る人はなかろう。それと同時に、内心如夜叉でも嫋々婀娜としていれば、知らず識らず迷うのが人情である。だから志の善悪よりは所作の善悪が人の眼に着きやすい。従って巧言令色が世に時めき、諫言は耳に逆らい、ともすれば忠恕の志ある真面目な人が貶黜せられて天道是か非かの嘆声を洩らすに引きかえ、悪賢い人前の上手な人が比較的成功し信用さるる場合のある所以である。
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