自警録 / 第四章 外は柔、内は剛・怖ろしがらせるのが偉いか
日本従来の教訓によれば、他人に怖ろしく思わせるのを偉いとする風があった。威風あたりを払うというを豪傑の理想とし、人の近づき得ざるところを偉いと做したから、偉がるものは、なるべく人を近づけぬ工夫をなし、あるいは傍若無人にして人を馬鹿にして独りで偉がった。世人もまたかかる人物を褒める傾向があったゆえ、もし肩でも怒らして往来を濶歩するか、あるいは人の気にさわることでも大声にしゃべり、相手の人が、病犬が吠えるかと疑い避ければ、これは怖くて近づかぬのだと解してますますこれを行う。 文化の進むにつれて近頃はだんだんこの豪傑気取り連が減って来たようであり、また今後もますます減るであろう。ことに洋服でも着るようになれば、減らざるを得ない。はなはだつまらぬことながら、洋服では衣は骭に至り袖腕に至る筆法は行われない。シャツを着たり、靴を穿いたりすると、行儀も改っておとなしくなる。しかし洋服を脱いで日本の浴衣にでも換えると、従来の筆法が最もあざやかに現れて来る。汽車や電車に乗ると、胸毛を曝らし太股を現すをもって英雄の肌を現すものと心得て、かえってそれを得意とするものがある。
書き下し
日本従来の教訓によれば、他人に怖ろしく思わせるのを偉いとする風があった。威風あたりを払うというを豪傑の理想とし、人の近づき得ざるところを偉いと做したから、偉がるものは、なるべく人を近づけぬ工夫をなし、あるいは傍若無人にして人を馬鹿にして独りで偉がった。世人もまたかかる人物を褒める傾向があったゆえ、もし肩でも怒らして往来を濶歩するか、あるいは人の気にさわることでも大声にしゃべり、相手の人が、病犬が吠えるかと疑い避ければ、これは怖くて近づかぬのだと解してますますこれを行う。 文化の進むにつれて近頃はだんだんこの豪傑気取り連が減って来たようであり、また今後もますます減るであろう。ことに洋服でも着るようになれば、減らざるを得ない。はなはだつまらぬことながら、洋服では衣は骭に至り袖腕に至る筆法は行われない。シャツを着たり、靴を穿いたりすると、行儀も改っておとなしくなる。しかし洋服を脱いで日本の浴衣にでも換えると、従来の筆法が最もあざやかに現れて来る。汽車や電車に乗ると、胸毛を曝らし太股を現すをもって英雄の肌を現すものと心得て、かえってそれを得意とするものがある。
現代語訳
日本の従来の教訓では、他人に怖いと思わせるのをえらいとする風がありました。威風があたりを払うのを豪傑の理想とし、人が近づけないところをえらいとしたので、えらがる者は、なるべく人を近づけない工夫をし、あるいは傍若無人にふるまい、人を馬鹿にしてひとりでえらがっていました。世間もまたそういう人物を褒める傾向があったので、肩をいからせて往来を闊歩したり、人の気に障ることを大声でしゃべったりして、相手が、狂犬が吠えているのかと疑って避ければ、これは怖くて近づかないのだと解釈して、ますますそれを行います。 文化が進むにつれて、近ごろはだんだんこの豪傑気取りの連中が減ってきたようですし、今後もますます減るでしょう。とくに洋服を着るようになれば、減らざるを得ません。まことにつまらないことですが、洋服では、着物の裾を脛までまくり、袖を腕までまくるという格好はできません。シャツを着たり靴を履いたりすると、行儀も改まっておとなしくなります。ところが洋服を脱いで日本の浴衣にでも着替えると、従来のやり方がもっとも鮮やかに現れます。汽車や電車に乗ると、胸毛をさらし太ももを見せるのを英雄の肌を現すことと心得て、かえってそれを得意とする者がいます。
解説

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