自警録 / 第一章 男一匹・男一匹になるには推理の力が要る
しからば男一匹たるの資格は、勇気の有無のみをもって定むるかというにそうは行かぬ。勇気なるものは目的に達する方法であって目的でも動機でもない。なんのために勇を揮うかといえば、義のためにするのである。義を見てなせばこそ勇と称すれ、不義と知りながら行えば、いかに奮闘してもそれは怯たるを免れぬ。ここにおいて男性として欠くべからざる要素は事の本末物の軽重を分別する力である。テニソンが「女は小さき男なり」といったのは、むろん形の大小を意味したのでなく、知能の多少を指したのである。 わが輩は脳髄において女性が必ずしも男性に劣るとはいわぬ。女性にして学者や芸術家や宗教家を出しているに見れば、両性のあいだにおいて脳髄の作用が種類を異にするとは思わぬ。今までは西洋においても女性は男性ほどに教育の恩典に与るの便がなかったゆえ、その頭脳もまた思う存分に啓発されなかった。しかし女子教育の便も進みたれば、今後女性の智力の発展は男子のそれに比べてますます大なるものであろう。もっとも普通に女子は男子に劣るという言葉のうちには、腕力の差違を含めることはいうまでもないが、思慮において男子の女子に優越なることを述べたのである。 「女賢うして牛売り損なう」「女の鼻の先思案」 などいうは、こんにちの女子に対してははなはだ侮辱の言に聞こゆるも、女学校の設置なかりし時代においてはさもありしなるべしと思われる。否、女学校に通う学生のあいだにおいてさえも、なお往々にしてこの謗りを免れないものもある。わが輩のいう思慮とはいわゆる「ロジカル・マインド」で、推理の力の謂である。かくすればかくなると直接に起こる因果の関係は何ぴとでも測りやすきことであるが、その先は? なおその先は?と先の先までも推論を下して遠き慮を凝らす力は、今日では(将来はいざ知らず)なお男子の特長(もちろん男子にも無思慮の者多きはいうまでもなけれど、女子に比すれば少なかるべく)とも称すべきものであって、男一匹と誇るものはものごとの利害、曲直について篤と思慮する要素を備えねばならぬ。
書き下し
しからば男一匹たるの資格は、勇気の有無のみをもって定むるかというにそうは行かぬ。勇気なるものは目的に達する方法であって目的でも動機でもない。なんのために勇を揮うかといえば、義のためにするのである。義を見てなせばこそ勇と称すれ、不義と知りながら行えば、いかに奮闘してもそれは怯たるを免れぬ。ここにおいて男性として欠くべからざる要素は事の本末物の軽重を分別する力である。テニソンが「女は小さき男なり」といったのは、むろん形の大小を意味したのでなく、知能の多少を指したのである。 わが輩は脳髄において女性が必ずしも男性に劣るとはいわぬ。女性にして学者や芸術家や宗教家を出しているに見れば、両性のあいだにおいて脳髄の作用が種類を異にするとは思わぬ。今までは西洋においても女性は男性ほどに教育の恩典に与るの便がなかったゆえ、その頭脳もまた思う存分に啓発されなかった。しかし女子教育の便も進みたれば、今後女性の智力の発展は男子のそれに比べてますます大なるものであろう。もっとも普通に女子は男子に劣るという言葉のうちには、腕力の差違を含めることはいうまでもないが、思慮において男子の女子に優越なることを述べたのである。 「女賢うして牛売り損なう」「女の鼻の先思案」 などいうは、こんにちの女子に対してははなはだ侮辱の言に聞こゆるも、女学校の設置なかりし時代においてはさもありしなるべしと思われる。否、女学校に通う学生のあいだにおいてさえも、なお往々にしてこの謗りを免れないものもある。わが輩のいう思慮とはいわゆる「ロジカル・マインド」で、推理の力の謂である。かくすればかくなると直接に起こる因果の関係は何ぴとでも測りやすきことであるが、その先は? なおその先は?と先の先までも推論を下して遠き慮を凝らす力は、今日では(将来はいざ知らず)なお男子の特長(もちろん男子にも無思慮の者多きはいうまでもなけれど、女子に比すれば少なかるべく)とも称すべきものであって、男一匹と誇るものはものごとの利害、曲直について篤と思慮する要素を備えねばならぬ。
現代語訳
それでは、男一匹たる資格は、勇気の有無だけで決まるのかというと、そうはいきません。勇気とは目的に達するための方法であって、目的でも動機でもありません。何のために勇を振るうかといえば、義のためです。義を見てなすからこそ勇と呼ぶのであって、不義と知りながら行えば、どれほど奮闘しても臆病を免れません。そこで男性として欠かせない要素は、事柄の本末、物事の軽重を見分ける力です。テニソンが「女は小さな男である」と言ったのは、もちろん体の大小を意味したのではなく、知能の多少を指したのです。 私は、脳の働きにおいて女性が必ずしも男性に劣るとは言いません。女性から学者や芸術家や宗教家が出ているのを見れば、男女のあいだで脳の作用が種類を異にするとは思いません。これまでは西洋でも、女性は男性ほど教育の恩恵を受ける機会がなかったため、頭脳も思うさま啓発されませんでした。しかし女子教育の便が進んだので、今後、女性の知力の発達は男子のそれに比べてますます大きなものになるでしょう。もっとも、一般に女子は男子に劣るという言葉のなかには、腕力の違いを含めるのはいうまでもありませんが、思慮において男子が女子に優るという意味を述べたものです。 「女が賢いと牛を売り損なう」「女の鼻の先思案」 などというのは、今日の女子に対してはひどく侮辱の言葉に聞こえますが、女学校のなかった時代にはそうだっただろうと思われます。いや、女学校に通う学生のなかにも、なお往々にしてこの謗りを免れない者もいます。私のいう思慮とは、いわゆるロジカル・マインド、推理の力のことです。こうすればこうなると直接に起こる因果の関係は誰でも見通しやすいものですが、その先は、さらにその先はと、先の先まで推論して遠い先を考える力は、今日では(将来はともかく)なお男子の特長(もちろん男子にも思慮のない者が多いのは言うまでもないが、女子に比べれば少ないだろう)と呼べるものです。男一匹と誇る者は、物事の利害や曲直についてじっくり思慮する要素を備えなければなりません。
解説

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『士規七則』第三則・第四則一、士の道は義より大なるは莫し。義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。一、士の行は、質実欺かざるを以て要と為し、巧詐過ちを文るを以て恥と為す。光明正大、皆是れに由りて出づ。
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論語・為政篇子曰く、其の鬼に非ずして之を祭るは、諂いなり。義を見て為さざるは、勇無きなり。
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