文昌帝君陰騭文 / 第一段・広く陰騭を行ひ、上蒼穹に格る
廣行陰騭,上格蒼穹。人能如我存心,天必錫汝以福。」
新字:広行陰騭,上格蒼穹。人能如我存心,天必錫汝以福。」
書き下し
広く陰騭を行ひ、上は蒼穹に格る。人能く我が如く心を存せば、天必ず汝に錫ふに福を以てせん」と。
現代語訳
広く人知れぬ徳を行い、その徳は上は青空にまで届きました。人がもしわたしと同じように心を保つならば、天は必ずあなたに福を授けるでしょう」。
解説
この文の題にもなっている陰騭という言葉が出てきます。もとは『書経』洪範篇の「惟れ天は下民を陰騭す」から来た語で、陰はひそかに、騭は定めるという意味です。天が人知れず民を安んじる、というのが原義でした。ここではそれが人の側に移され、人知れず行う徳という意味で使われています。誰にも知られない善だからこそ天に届く、という考え方です。上格蒼穹の格は、届く、至るという意味。帝君が自分の実践として語り、そのうえで、同じ心を持てばあなたにも福が来ると読者に手渡します。人に見せるためでない行いをどれだけ持っているかが、この文全体の問いになります。
この章句が説くこと
陰徳書経天福心
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