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文昌帝君陰騭文 / 第二段・于公獄を治め、竇氏人を済ふ

於是訓於人曰:「昔于公治獄,大興駟馬之門;竇氏濟人,高折五枝之桂。救蟻,中狀元之選;

新字:於是訓於人曰:「昔于公治獄,大興駟馬之門;竇氏済人,高折五枝之桂。救蟻,中状元之選;

書き下し

是に於て人に訓へて曰く、「昔、于公獄を治めて、大いに駟馬の門を興す。竇氏人を済ひて、高く五枝の桂を折る。蟻を救ひて、状元の選に中る。

現代語訳

そこで人々に教えて言われました。「昔、于公は裁きを正しく行い、そのおかげで四頭立ての馬車が通れるほどの立派な門が建ちました。竇氏は人を救い、その家から五人そろって科挙に及第する者が出ました。蟻を救った者は、科挙の首席に選ばれました。

解説

陰徳が報われた例を、故事で三つ並べた段です。于公は漢の于定国の父で、裁きに冤罪を出さなかった人。いずれ立派な子孫が出るからと門を高く作らせ、実際に子の于定国が丞相になったと『漢書』に伝えられます。竇氏は五代の竇禹鈞、いわゆる竇燕山で、人を助け続けた結果、五人の子がみな科挙に通ったとされ、五子登科の語のもとになりました。蟻を救った話は宋の宋郊が水に流される蟻を助けて首席合格したという伝えです。いずれも、その場では何の得にもならない行いが、後になって思わぬ形で返ってきたという筋になっています。

この章句が説くこと

陰徳故事科挙于公報い

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